月光天文台月光天文台

公益財団法人 国際文化交友会 月光天文台

トップページ > 見聞録 > 2033年問題シンポジウム-暦文協推奨案-新暦報告参拝

2033年問題シンポ 4月03日  ◆暦文協の見解発表 8月28日    ◆新暦報告参拝 12月3日



 ★新暦報告参拝/日本カレンダー暦文化振興協会
 去る12月3日のカレンダーの日、明治神宮にて日本カレンダー暦文化振興協会(暦文協)による新暦報告参拝(今年で3回目)
が行われました。
 その後、明治神宮・参集殿にて記念講演会が開催されました。
  そのリポートです。

 ◆新暦報告参拝 12月3日

meiji-1
meiji-2
 ・この日明治神宮は雨模様。でも午前9時代前半は、原宿駅から傘なしで歩いてゆけました。講演会に向かう前。雨でも風情があります。 ・神楽殿前の光景。代表者による本殿での参拝後、神楽殿で新年の来福を祈願。講演会に向かう前。
meiji-3
meiji-4
 ・参集殿での講演会前。約100人が参集。
 ・中牧弘允理事長による挨拶。「1回目は岡田芳朗先生(元・暦の会代表)、昨年は所功先生に講演をしていただきました。ここに来るとなにか落ち着きます。」
meiji-5
meiji-6
 ・講演のタイトル「日本における暦と時間の始まり」
 ・講演をされた細井浩志教授/活水女子大学/長崎
meiji-8
meiji-7
 ・来年の暦予報
  3月9日には日食が起きる。
  5月末には火星が地球に接近
・ 帰りによった渋谷駅前 渋谷は再開発の最中
  10月31日(土)には、ハロウィンでにぎわった。
 ・明治時代(1868~1912)、日本は欧米の文化を学び、飛躍的に近代化が進みました。その経緯から明治天皇のお誕生日は「文化の日(11月3日)」となっています、
 そうした欧米の文化を学ぶことを、政府自身が率先して体現したものが明治6年(1873)の太陽暦の採用でした。奈良時代から約1300年も使われてきた太陰太陽暦を、西洋の太陽暦に切り替えました。明治5年12月3日を、現行太陽暦の明治6年1月1日としたのです〔カレンダーの日の由来〕。
 明治天皇の英断が、今日の日本につながっているともいえるでしょう。



★2033年問題への暦文協の見解発表
 さすがの猛暑も峠を越した8月28日(金)、東京大学弥生講堂にて、講演会、暦文協第5回総会が開催され、その後、
2033年問題についての暦文協としての見解が発表されました。

reki-7
reki-2
 ・「暦に関する素朴な疑問に答える」と題して、松井吉明教授の講演 ・トークセッション「そうだったのか!カレンダーの役立つなるほど!」。暦文協事務局長の小澤氏の問題提起という形で進行。紅一点は暦の会の小田島梨乃氏。
reki-3
reki-4
 ・総会後、2033年問題について、暦文協の見解が表明されました。
 これまでのルールで旧暦が決められない!暦文協が出した答えは、いくつかの選択肢のうち「閏11月」を置く、というものでした。
 ・さらに旧暦の閏月を決める「置閏ルール」については、引き続き検討する、とのこと。

 結論(1)は、すでに刊行されている万年暦などにも採用されており、冬至を重視したもので、もっとも混乱を招かないと考えられる
reki-5
reki-6
 ・結論に至った経緯を説明する、中牧弘允、小川益男、須賀隆、三須啓仙(右から)の各氏

 そのとき、一人の会員からものすごく専門的な質問がなされ、皆びっくり!
 ・懇親会でも注目されたその会員とは、「こよみのページ」を運営している「かわうそ@暦」氏でした。
 こよみのページは、ネットで知らない人はないほどの人気で、暦について広範な知識を紹介しているサイト。
 (左より国立天文台の片山真人氏、かわうそ氏、中牧会長) 


★2033年旧暦問題シンポジウムと2016年カレンダー展示会

  4月3日、東京・王子の北トピアで、日本カレンダー暦文化振興協会(暦文協)主催の行事があり、参加してきました。
     -> 2033年問題の背景と要点

reki-01
reki-02
 ・北トピアの地下の会場 ・卓上・壁掛けカレンダーなど1500点余りが展示された
reki-04
reki-03
 ・国立天文台暦計算室長の片山真人氏
   天文学の立場から解説
 ・2033年問題を天文学、暦学、歴史学とそれぞれの立場から検討
reki-05
reki-06
 ・暦研究家の須賀隆氏
   暦学の立場から解説

 ・その後、歴史学の観点から細井浩志氏が解説した
 ・パネルディスカッション
 右より歴史学の細井浩志氏、須賀隆氏、片山真人氏、暦文協会長の中牧弘允氏

 活発な質疑応答がなされました

picup