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鹿鳴館(華族会館)が存在していたNBF日比谷ビル(東京都千代田区)
トップページ > 見聞録 > 『姿三四郎』-黒澤明監督と原作者・富田常雄に敬意を表して(その8-1)

※トップ画像は、鹿鳴館(後に華族会館)の跡地に建てられたNBF日比谷ビル(東京都千代田区)

流水の章(1)


鹿鳴館-1~4.

警視庁武術係の試合の前日、年少組を相手に軽い稽古を済ませた後、師範席から矢野正五郎に呼ばれた
三四郎は、南小路子爵から話を聞いた井上外務卿からの招待があり、伊藤 博文総理も同席する鹿鳴館に
来て欲しい旨の伝言を受けます。夕方までは慈善市(バザー)があるので、子爵の娘の高子も来ていると
のことでした。

「先生も行かれるのですか」
「私は宴会を好かぬ」
「先生も好かれぬのなら、姿も好きません」
「はははは、まあ行ってみい、今の日本がどんなふうかわかる」
「しかし、私は…」
「茶に逢(お)うては茶を喫し、飯に逢(お)うては飯を喫す…さいづち和尚がよく言ったな、姿」
「はい」

三四郎は若い師範の心を読み、自身の肚が出来ていないことを恥じ入ります。囚われるべきではない、
明日の試合に囚われず、天衣無縫たるべき機に臨んでの業の構想が小さな作意に終わるべからず、と
縁の遠い鹿鳴館も意義のある存在である、と三四郎は思い直そうとします。

三四郎は、薄茶の背広を持っていましたが、鹿鳴館へは下駄で行くつもりだと言い、その様子を見に
来た戸田 雄次郎が呆れた奴だ、と言いつつ、矢野師範の靴を借りてこよう、と靴を借りて来てやり
ます。

三四郎の後ろ姿を玄関の式台の上から見送り、そのまま戸田は心地よい風を受けつつ、玄関先に留まり
ます。

戸田 雄次郎自身も、師範が敢えて試合を控えた今、三四郎を鹿鳴館に行かせるその意図ややり方を心得
ていました。敵の業を考え、力を予想することで武者震いにも似た興奮を感じる三四郎が村井 半助との
試合を前にその気を外すことへの、師・矢野 正五郎の思慮深さです。三四郎を見送りつつ、深く心を打
たれていた戸田 雄次郎でした。


風に吹かれながら玄関の式台に腰をおろしていた雄次郎の目の前に、髪を長刈りにし、浴衣に袴姿で肩
を怒らした体の書生がのっそりと立ちます。

「御用ですか」
「(戸田の姿を見て驚き、一瞬口ごもって)…姿さんはおいでですか」
「おらんですが…どんな御用ですか」
「ほんとに居ないんでしょうか……」
「本当におらんです」
「そうですか…それは困ったな」
「どちらから見えたんですか、都合で道場で待たれたらどうですか」
「はあ…故郷(くに)の者ですが、しかし、帰られるのはいつ頃でしょうか」
「何処へ行かれたのでしょうか、僕は出先に会いに行ってもいいのですが」
「山下町の鹿鳴館へ出かけた。今しがた…帰りは多少遅くなるでしょう」
「(一揖して)有難う、では、また、出直します」

その書生を帰してから、戸田は三四郎の同郷だというのに名前を聞かなかったことにふと気付きます。
訪れてきた書生にも三四郎にも悪かったと思って、戸田は三四郎が戻ってきたら詫びておこう、という
気持ちになっていました。


鹿鳴館は日比谷練兵場(当時、現在の都立日比谷公園)の、通りをはさんだ真向かいにあった。画像は、
2017年現在の様子。


鹿鳴館の正面玄関に、高子が立っているのを三四郎は認めます。

純白の舞踏服に白い服を軽快に履き、手に孔雀の羽根扇を持った高子は、馬車や人力車が入り乱れながら
バザーより帰る主人を探す御者がせわしく立ち回る間を無造作に歩いてくる三四郎を見つけて、駆け寄っ
てきます。

辺りは薄暗くなってきています。建物内にはシャンデリアが明るく映え、日比谷練兵場の空は夕焼けの
茜色に染まっています。

高子と三四郎は、肩を並べるように洋風の四阿(あずまや)の方へと歩いていきます。

中はバザーの片付けがまだ終わらず、南小路子爵はまだ着いていないと高子は話し始めます。夕飯はまだ
ですのね、と問い、三四郎は食べてきました、と応じます。

ここから、いわば命の恩人たる三四郎に、少々熱を上げている令嬢と、あまり都会の色に染まっていない
朴訥な青年との、あまり噛み合わない会話が続きます。

鹿鳴館に招待された三四郎は、高子から贈られた背広を着て来ています。しかし、シャツやカラー、靴は
矢野師範より借りたもので少々大きい、というと、高子は笑い出し、笑い声は暫く絶えません。

高子が笑いを収めた後、好意を抱いた男性に対して女性がするように、身の上のことを話し出します。
高子は自身が高い階級の家の子女であることを自覚しており、学問や物質に対する要求は満たされる
ものの、心の拠り所となるものを見出せない、母は心を病んだ末に没し、父は不在がち、結婚などで
友人も少しずつ減ってきており、淋しさを味わっている、と話します。

一方、三四郎は既に天涯孤独の状態にいました。何故、高子が己が境遇を話すのか、三四郎は理解で
きずにいます。

高子の独演に近い会話の中で、高子に同じ年の異母姉妹がおり、一般家庭の娘に収まっていることを
知り、三四郎は愕然とします。それが乙美であることは言うに及ばず。

高子の感情に、三四郎は大いに困惑します。高子と三四郎の気持ちの温度差は明白で、故にこの後の
トラブルの引き金となりますが…。「僕は書生で、とても、貴女の相談役ではないです」と応えるのが
やっとでした。

高子は、この日三四郎を鹿鳴館に招いた理由を話します。何より三四郎に出世して欲しく、伊藤総理や
井上外務卿と引き合わせて官界に乗り出すための一歩として欲しい、父の南小路子爵にも、いずれは高子
と人生を共に歩むことも許してもらえるはず、とほとんど妄想に近い飛躍した発想を披露し、三四郎は
驚きます。

 
(現在では、鹿鳴館のあった場所にNBF日比谷ビルが聳えている)


三四郎は高子に対して何の好奇心もなく、高子は自分が認めた男性なら、絶対に歓喜し、感謝して彼女に
従うと信じていました。

やがて高子が先に立って四阿を出ます。正面玄関から舞踏服の裾を翻して登り、中に入ると舞踏会は既に
始まっていました。フロックコートや燕尾服、振袖、長い舞踏服が渦を描いて踊り流れます。背の高い外
人が舞踏会の音楽の中、背の低い日本女性を吊り上げるような姿勢が、三四郎を苦笑させます。

「伊藤閣下も、井上外務卿もお見えになっていますわ」

伊藤総理、井上外務卿は2人とも同じフロックコート姿です。しかし、その表情には天と地ほどの違いが
ありました。井上卿が発案したに等しい鹿鳴館の社交場に対する無関心な感情は、面識のない三四郎にも
読み取れるほどのものでした。政府の欧化政策や条約改正の手段にすぎないことを、井上卿は自身の表情
で語る一方で、伊藤 博文総理は絶えず頬笑みを浮かべています。舞踏会の主役であり、主催者としての
立ち居振る舞いは井上卿よりも、役者は二枚も三枚も上だったのです。

高子は南小路子爵の到着に気付き、井上外務卿に三四郎を紹介してもらう、とその場から離れます。

三四郎にとってこの場の雰囲気は不愉快以外の何ものでもありません。官界での立身出世を望んではおら
ず、高子の婿になる考えもありません。異国臭に満ちたこの舞踏会と、それを励行しようとする政府の政
策にははっきりと離反する気持ちを認めました。

これはあるべき日本の姿ではなく、覚めるべき悪夢でした。

高子は、一緒に父のいるところへ行こうとしますが、30歳過ぎの顎髭の剃り跡が青々としている英国人
男性がダンスの相手をお願いし、高子とその英国人はそのまま踊り出します。三四郎はその場に置き去り
にされたようになります。

伊藤総理や井上卿の姿もいつの間にか見えなくなりました。

南小路 光康子爵も三四郎のそばにやってきません。三四郎はこの場において「招かれざる客」のような
立場であり、同じ姿勢で、同じ表情のままに舞踏場の片隅に突っ立っていました。

音楽と舞踏がようやく何回目かの休憩になり、三四郎は濁った空気から逃れるつもりで庭に出ます。庭
のあちこちを逍遥し、前庭の池の端に立って、水草が浮く水面に映る星を長いこと眺めていました。


石垣で囲われている池の岸から水面を、這うように松が黒く幹と枝を伸ばしています。時折、玄関の車
寄せに車輪の音が聞こえ、玻璃燈の光が見えます。帰っていく客を乗せた馬車なのでしょう。

四阿に入ると、石の腰掛けが夜露で濡れています。そこを抜けて裏に回ると、表ほどには強く音楽が響い
て来ず、静かな夜の雰囲気がありました。

窓々に掛かるレースのカーテンが風に揺れる様子が、美しい夜の情景を醸し出しています。

三四郎はふと、その窓の内の1つに人影がもつれるような姿を映していることに、目を疑うかのように
して近寄ります。彼の胸すれすれの窓辺から見える6畳ほどの洋室--ソファ1つ、整然と置かれたイスと
テーブルに化粧台も見える--には、先ほどの英国人が高子が、もつれ合って無理やりに口づけをしよう
としている様子が見て取れました。

高子は手にした羽根扇を床に落とし、英国人の逞しい力から逃れようとする姿勢で胸をそらし、顔を左
右に振っています。

三四郎は窓枠に手をかけます。瞬く間に部屋の中に入った時、英国人の碧い目と三四郎の視線がぶつかり
ます。高子から手をほどくと、その男は三四郎をつまみあげるような姿勢で長い腕と大きな手を伸ばして
挑みかかります。

"Hey, get OUT!!!" (おい、出ていけ!!)

左手が三四郎の襟首に伸び、右の拳が三四郎の頬に叩き込まれます。それを沈み込んで避けると、6尺
(約1.8m)の男は大きく一回転し、部屋の器物を揺らす音を立てて床に転がっていました。

したたかに腰を打った男は、顔をしかめながら早口に喚き立て、ズボンのポケットに手を突っ込みます。
高子は三四郎につかつかと寄ると、憤怒に眼をぎらぎらとさせながら「野蛮人!」と叫びます。

「この人が誰だか知っていますか?!」--三四郎は微かに笑って首を振ります。

「英国公使館の書記官です、この後がどうなると思って」
「君は日本の女か、君は日本人か…殴るべきは君だ!」

三四郎は落ち着いた声ではあるものの、激怒に震えています。その言葉が終わらないうちに英国人が右手
に構える拳銃が高子の脇から三四郎に向けられました。

風のように身を沈めると、三四郎は銃口の下をくぐりぬけながら、英国人の腕をはね上げます。と、同時
に引き金が引かれ、銃口から轟音とともに放たれた銃弾が天井へと喰い込みます。

拳銃を握る毛深い手首が三四郎の5本の指に握られると、手が痺れて力が抜け、床にことりと音を立てて
落ちます。三四郎は素早く手に取り、窓の外に広がる闇に向けて拳銃を放り投げます。

書記官は猛然と起き上がって、鷲掴みに三四郎の片腕を掴むと、右拳を三四郎の顎に叩き込もうとします。
拳を右によけながら、三四郎の右足が書記官の腹に掛かります。のしかかった巨体は両腕を軽く掴まれた
まま大きく宙を舞い、部屋の隅に飛ばされます。巴投げで投げられた書記官は化粧卓の角に背中をぶつけ、
碧眼を固く閉じ、苦痛に顔を歪めます。

室内での騒ぎに、激しくドアを開けようとノブを回す音と入り乱れる足音がして、三四郎は窓際に飛び退
きます。高子は狂おしくドアに駆け寄り、解錠するとドアを壊さんばかりの勢いで給仕や刑事たちが飛び
込んできます。高子は殺到する人々に押し倒されるようにして、踏みにじられた一輪の白い花のように床
に横たわります。書記官は喚くように訴えながら、気絶しかけています。

室内の騒ぎに駆け付けた者たちは、三四郎の姿をそこに見出しませんでした。

闇に呼び子の音が鋭くこだまします。

三四郎は、植え込みに駆け込みます。巡査の角灯が光るのが目に入ります。左に走って正面玄関の横から
池のそばを走り抜けようとするも、池のそばにいる御者たちがこの捕り物に力を貸す気配を見せながら群
がっています。

植え込みに身を忍ばせ、角灯を持った巡査たちをやり過ごします。音楽は先ほどの騒ぎで止み、植え込み
の間から見上げる星空の美しさが際立ちます。


南西の空に見えるさそり座と火星(月光天文台にて-2016.06.02撮影)。


三四郎自身は、今夜の行動を軽挙妄動とは思わず、日本人としての見解を述べて自身の行動を語る覚悟も
ありました。しかし、明日の試合だけは欠くことは出来ません。紘道館の名誉と世の毀誉褒貶に、柔道の
実力を他流試合で答えなくてはならず、それまでは司直の手に渡る訳にも行きません。

自身がいる植え込みを包囲するような形で角灯が迫りつつあります。三四郎の採るべき道は一つ、車寄せ
に箱馬車が停まっており、フロックコートの中老の紳士がその箱馬車に乗り込むのが見えました。この箱
馬車の陰に隠れて走るか、その背後に飛びつくか。

箱馬車の扉を閉じた給仕が恭しく玄関に引き下がった時、三四郎がいる植え込みの中に入ってくる足音と
枝葉をかき分ける気配が迫りつつあります。

三四郎は飛び出して玄関の階段下へと駆け出します。

逃げ出した植え込みからは、彼を見つけた巡査たちが靴音を荒々しく鳴らしながら迫ってきます。右手
からは別の一隊が角灯を光らせながら砂利をザクザクと踏み鳴らして駆け付けてきます。呼び子の鋭い
音が夜気を劈(つんざ)きます。

三四郎は進退窮まり、その場に立ち止まります。すると、箱馬車の扉が内側より開き、「乗れ」と落ち
着いた重々しい声が掛かります。

三四郎にとっては、まさに天祐でした。同時に、それ以外の道はなく、仮にその馬車が警察に直行する
としても乗ったであろう、彼にとっての唯一、絶対ともいえる選択でした。

三四郎が乗り込むために紳士は席を空け、着席すると紳士はゆっくりと扉を閉じています。

角灯がさっと窓に閃き、制服巡査が扉の窓に駆け寄ります。御者台の御者が振り返り、「農商務大臣、
谷干城(たに たてき)閣下」と大声で怒鳴ります。巡査がその瞬間棒のように硬直し、窓の外で挙手の
礼をします。左手には角灯を下げたままです。

「谷じゃ、怪しい者ではない」
「はっ、御無礼を申し上げました」
「家(うち)の書生を連れている、不審がなければ行くぞ、よろしいか」
「はっ」
「ご苦労じゃった」

馬車がゆっくりと動き出します。


英国書記官への乱暴狼藉の廉(かど)で逮捕されかかった三四郎を、建議書を携えて伊藤 博文総理と井上
馨・外務卿らに膝詰め談判に訪れていた谷 干城・農商務大臣が救い出す。谷大臣と三四郎を乗せた馬車は
鹿鳴館より離れていく。-(C)古賀スタジオ・古賀 マサヲ氏提供。


暗がりの中で、三四郎は谷 干城の前に低く頭を垂れます。谷農商務大臣は、土佐訛りを丸出しにして低く
笑っています。

「恐れ入りました」
「掴まりたくはなかったな、おんし…」
「はい」
「英国人を投げ飛ばしたのも、おんしか」
「はい」
「ちっくとやり過ぎたかも知れんが、相手もピストルを撃っちょるけに、五分じゃ、投げ得かも知れん。
おんし、何処の者か」
「紘道館の矢野 正五郎先生に御厄介になっている姿三四郎と申す者です」
「おお、学習院の矢野の弟子か、柔術は強いわけじゃな、はははは」

三四郎の胸は、すんでのところを谷 干城に救われたことで感謝の念に塞がれています。政府要人や貴顕
紳士が集まる場所での狼藉は、有無を言わせず、騒擾者として司直に逮捕・拘禁されるばかりですが、偶
然通りかかった谷 干城は熊本城籠城の猛将、陸軍中将子爵であり、学習院の前院長、現職の農商務大臣
という立場にもありました。この様な場所でこのような人物に救われたことは、実に不思議であり、天祐
ともとれます。

馬車は日比谷練兵場前を通り過ぎ、宮城の濠端(ほりばた)*を走ります。


*宮城の濠端…仙台濠のこと。


谷 干城大臣は、整った三四郎の横顔にじっと目を注ぐも、しばらく口を利かずにいます。

三四郎の知らないことではありましたが、この年の4月に欧州視察より帰朝した谷 干城・農商務大臣は、
時の内閣の条約改正と欧化政策に反対して意見書を提出していました。勝 安房の時弊21条をついた
建白書とともに、それは内閣に衝撃をもたらしています。しかし政府の政策に変更はなく、建議は受
け入れられなかったため、谷 干城は肚を据えて伊藤総理と井上外務卿に会うべく、鹿鳴館を訪れて、
この2人と膝詰め談判を行ないました。

谷将軍は国事を憂える重い心を抱きつつ、馬車に乗って鹿鳴館を後にしました。

谷将軍は心に深く決し、明日は参内して勅裁を仰ぎ、御勅許を得ない場合には潔く冠を挂けて野に下る
他はない…、と。

谷 干城の心に去来する憂国の情を三四郎は知るべくもありません。しかし、その沈鬱な表情の中にある
憂いを見出すだけの敏感さは持ち合わせていました。



(次ページ「鹿鳴館-5.」に続く)



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(参考文献は全て最終ページに)





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