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『姿三四郎』-黒澤明監督と原作者・富田常雄に敬意を表して(その7-1)
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※トップ画像は、夕暮れの日射しを受けて輝く雲(函南町)。

四天王の章(1)


獅子欺かざる-1~2.

--道場に続いた書生部屋の真中に引き出した瀬戸の大火鉢にかぶさるようにして、戸田 雄次郎が頬をふく
らまして、乏しい炭火をふいている。
それを囲んで、壇 義麿、津崎 公平、姿三四郎の3人が腕を組んだまま黙然と火を見つめていた。


(長野県上田市にある本陽寺-1943年の映画のロケ地の1つ)


檜垣 源之助が紘道館にお近づき稽古を申し出て、唯一その相手を許された虎之助は全く歯が立たず、姿は
稽古止めの身ゆえに立ち合いが許されず、飯沼 恒民との稽古の相手を檜垣が固辞、警視庁の武術大会での
試合をするという成り行きとなり、檜垣は紘道館より退去しています。

ことの次第を、帰って来た壇たちが知り、虎之助が酒と豆腐を買いにやらされます。戸田や壇、津崎にとっ
ても、自分たちが所用で留守だったとはいえ、無念と憤怒に駆られます。それが、酒での談議になったの
でした。

矢野 正五郎も帰宅し、飯沼の説明と、涙ながらの虎之助の報告を矢野は黙って頷きながら聞き、夕方に
なると矢野は飯沼とともに外出します。

普段であれば、楽しい酒の席にささやかな(彼らにとっては豪華というべき)豆腐5丁のおつまみが付いた宴
となるべきところ、悲憤の後の気の滅入るような成り行きです。不首尾を恥じた様子で虎之助が使いより
戻り、土瓶での火燗と湯豆腐での酒となります。誰もが、黙っています。

壇 義麿が口火を切ります。飯沼先生は昔の柔術側の人だから、疑えば疑えるだろうと言い、三四郎はそれを
自分は稽古止めだったのだから、と窘めます。また、飯沼先生は自分が負けると思ったのだろう、と試合を
止めた理由を推測します。

虎之助は、自分が不甲斐ないからだ、自分のせいだと言い、再び大粒の涙を流します。壇が泣くんじゃない、
まあ一杯やれ、と酒の入った茶碗を虎之助に差し出し、戸田が子どもに酒を飲ませるなと注意します。壇は
照れて、茶碗を自分の口に運びます。

「しかし、やがて戦場でまみえる日が来るだろう」
「来る。来なければ来させるまでだ」

やがて、彼らの話題は柔術諸流の長所短所の話に替わり、時勢論へと変わり、各々の将来の抱負に進んで、
やがて床へと就きました。


矢野の帰宅を、姿一人が待つことになります。門人たちの健やかな寝息を聞きながら、芯のやせ細った釣り
ランプの下で天野 玄道の『三条大意』を開きますが、やはり悶々とした気持ちが彼の眼を空に走らせます。

ある意味、答えの出ない自問自答へと、心がとらわれるのでしょう。

やがて、三四郎はさいづち和尚のことを思い出します。檜垣と虎之助との稽古に気を取られてはいたものの、
池に面して開けられた障子のむこうに和尚の姿を見たような記憶があり、和尚なら分かるかも、と廊下伝い
に和尚のいる居間へと歩いていきます。

「和尚」
「入れ」

玄沙和尚(さいづち和尚)は結跏趺坐、座禅を組み、印を結んだ手もそのままに、半眼で三四郎を見ます。
三四郎の声やその様子から、何の用で来たのかを見抜いている様子です。

「ききに来たか」
「……」
「立ち合わなかったのが残念なのじゃろうが」
「和尚はあの男を見られたんですか」
「見た…お前の負けよ」
「あの男はそんなに強いでしょうか」
「わしは坊主だ、柔術は分からん」
「わからなくても強いと思われたんですか」
「そうよ、だからなお悪い」
「虎之助を羽目へ叩きつけて気絶させたからではないのですか」
「獅子欺かざるの力だ」
「僕は乱暴に過ぎんと思う」
「獅子は兎を撃つのに全力を挙げる。あの道場破りは17の虎之助に全力を挙げて戦った。あの道場破りは
道場を破ることになりきっていた。羅刹(らせつ)よ、気迫が違う。怖ろしい気迫だ。あの殺気の前にお前は
負けた。破られまいとするお前の心には諸々の邪念が動く。あの男のようになりきっておらん」

三四郎は膝の上で拳を握り、脂汗を額に浮かべます。和尚は構わず続けます。

「飯沼さんはよくわかる、所詮、お前の負けよ」
「和尚、僕は檜垣 源之助の敵ではないのだろうか」
「やむを得ん」
「どうしたら勝てる、和尚」

三四郎の声が震えます。和尚は黙然と応えません。

「和尚!」
「不動心!」
「ありがとう、和尚」
「礼を言うのはまだ早い。下の下の柔術を修行していたら同じことよ。まず邪欲を去れ、それが、勝敗の
門じゃ」

和尚の目が優しくなります。三四郎も、和尚の厳しさの中に秘められた慈愛を感じ取り、頭を下げます。

「さて、それが悟れたら、あの時はお前の負けだがこの次はわからん」
「和尚、これからも導いて下さい」
「いやなことだ。先刻も弟子どもが寄って般若湯を呑みおったらしいが、わしにはお供えもせん不心得者
だ。ほっほっほ」

笑い収めたところで、さいづち和尚は静かな結跏趺坐の形に戻ります。

「帰れ」

和尚の眼にも心にも、もはや三四郎の姿は映っていません。


獅子欺かざる-3.

姿三四郎、或いは紘道館柔道がその修行に没頭するには、あまりにも混沌を極めた時代を迎えていました。

国会開設の請願として自由民権運動が始まった日本において、立憲政体樹立に至る道は、大きな陣痛を伴う
凄惨を極めた経路でもありました。わずか20年前には、鎖国攘夷、切り捨て御免、男尊女卑が世間の常識
だった日本が、これとほとんど対立する欧米諸国の文明に接し、その優位性に幻惑されて、それをひたすら
倣い学び、吸収しようとすることが世の習いとされ、誰もがそれを疑わない時代へと変遷しています。

柔術が古い日本の武術として顧みられなくなったのも、まさにこの時代の風潮を象徴しています。そして、
政府当局者と国民との足並みのずれをきっかけとして、或いはより深い社会的矛盾から、いくつもの政治
事件が起こり、尊い犠牲が払われました。

そんな世情の中、三四郎は柔道に没頭し、書を読んで暮らしていました。時勢の響きが、三四郎の心を揺さ
ぶり、柔道を極めることで道を求めてやまない三四郎の悩みにも繋がっていきます。


玄関に下駄の音が響き、三四郎は師の帰宅を感じ取り、迎えに出ます。矢野は書院の机の前に着座し、書生
部屋から運んできた火鉢に三四郎が火を起こしにかかります。

「先生、床を敷きますか」
「うむ…姿、まあ座れ」
「はあ」
「みんな寝たか」
「はあ」
「そうか、少し話しておきたいこともあったが」
「起こします」
「いや、起こさんでもいい、お前にだけ話しておいてもよかろう」

矢野は、火鉢で暖を取りながら紘道館柔道が現在置かれた状況について話します。もともと、柔術の統一
と御一新以来廃れつつある柔術の再興を目指してきた矢野たちですが、敵に回すつもりのなかった柔術に
すべからく敵と見なされ、四面楚歌の状態です。また、警視庁の三島総監より武術大会への出場の誘いを
受け、引き受けることとしました。警視庁武術世話係には戸塚流の木島 太郎、良移心当流の村井 半助が
おり、試合で勝てば武術世話係に紘道館の門下も迎えられることになります。檜垣 源之助との対決も、場
合によってはありうるでしょう。

「檜垣は強敵だったな、姿」
「はい」
「飯沼先生から聞いたが…」
「私の負けです、先生」
「明日から稽古を始めてよろしい。私はお前に稽古をさせなかったのを無駄とは思わぬ。心身ともに行き
詰ったお前を自得させるには、他人の稽古を見取るのが一番いいと思ったからだ。見取り稽古は辛かった
だろうが、お前を救った。長い間であったが…よく辛抱した」
「先生!」

姿には、感謝が言葉にならない思いがありました。

外は雨が降り始めたらしく、蓮池を叩く音が師と門弟の沈黙の間を縫い、周囲を柔らかな音で包みます。


眼-1~2.

一人の若い女性が、鉄道馬車で降りてきます。


神田淡路町-旧連雀町・佐柄木町の地名由来を説明する看板。連雀町は、1657(明暦3)年の大火(いわゆる
「振袖火事」)により延焼防止の火除け地として召し上げられ、代替え地が武蔵野に与えられた。現在の
三鷹市上連雀・下連雀はこの歴史に由来する。


場所は神田淡路町の近く、氷雨の長雨の降る中、乙美が蛇の目傘を半開きにして小脇に抱える包みをかばい
ながら、牛や「田川」へと足を運びます。

日本橋への使いの帰りで、内儀のお仙から、10年来の長雨だと聞かされていました。襟もとにも、容赦なく
風雨が吹き込みます。吹き込む風雨をよけようと傘を傾けた途端によろめいて、足駄の鼻緒がぷつんと音を
立てて切れました。


神田淡路町の一角(東京都千代田区)。


間の悪いことに、周囲には開いている店がなく、逓信局の赤馬車がしぶきを立てて走り去っていきます。

乙美は袂や帯の間を探ったものの、鼻緒を立てるような紐の持ち合わせがなく、片足を裸足で歩くほか
ない、と覚悟を決めて雨のぬかるみに素足を下ろそうとしました。

「待ちたまえ」--背後からを呼び掛ける声に振り向くと、小倉の白縞の袴を短く履き、番傘を差して右手に
大風呂敷を下げた若い男が立っています。乙美は、法律学校の書生さん、という印象を声の主に感じます。

「鼻緒ならすげてあげる」
「いえ、よろしいんです」
「このぬかるみを裸足では歩けん」

乾物屋の大戸が半分閉じられた軒下に入り、荷車の荷台に風呂敷包を置くと、腰にぶら下げた手拭を縦に
裂き、乙美に「貸し給え」と手を差し出します。

乙美は頬を紅く染め、拒否の感情というよりははにかみの気持ちが先に立ち、若者が裂いた手拭を使って
自分でやります、と応えます。

「僕の方が早くて上手だ、やってあげる」

若者自身も、足駄の鼻緒が切れて困っている娘が美しいのにどぎまぎしますが、荷車の梶棒を指して足を
載せていれば良い、というと鼻緒の直しにかかります。

若者の袴に雨がかかるのに気付いた乙美は、傘をさしかけながら、素足が見られるのを恥ずかしいと思い
つつ、こんな光景を夢にも見たような気持ちになり、この場を一刻も早く逃げ出したいのと、こんな時間
が長く続いてほしいという気持ちが綯い交ぜになっています。

「少し硬すぎるかもわからん、僕は下駄屋じゃないから」

乙美の足許に、無造作に寄こされた足駄の鼻緒は上手にすげられています。

「あの…、ほんとにありがとう存じました」

乙美は極まり悪さと若者の親切に耳がしきりに火照るのを感じています。乙美が伏し目になり、頭を下げ
ている間に若者は番傘をばさりと開き、大風呂敷を下げて雨の中を歩いて去っていきます。


乙美は既に、牛や「田川」の住み込み女中として働く身となっていました。しかし、内儀のお仙が養女の
様な立場に乙美を置き、お仙の親類と触れこんでいたので、女中の気風に染まらずに過ごせていました。

日本橋での用事を済ませた帰り、乙美は今しがた出会った逞しい若者に助けられた幸せな気分をかみしめ
つつ、夕方の客が混み始めている田川へと、心を弾ませながら道を急ぎます。


三四郎は、辻待ちの車夫をしていた頃から馴染みだった質屋のほてい屋の暖簾をくぐります。手に提げて
いた大風呂敷には、質草として紘道館の門下生が使っていた衣類が入っていました。津崎 公平が風邪をこ
じらせ、西洋医者にかかり、漢方ならば安かったが西洋医学の薬代が高く、急場をしのぐ必要があったの
です。

幾ら用立てましょうか、とのほてい屋番頭の問いに「一ぱい欲しい」と三四郎が応え、番頭がそれは困る、
と返します。相場から2円が天井だ、と番頭が値段を示し、20銭出してくれと三四郎が応じて、番頭は納
得したようでした。

「腕が良くおなりになった、姿さんも」

馴染みの客であり、柔術と言わぬ柔道の修業をしていることを知る番頭は、三四郎を手放そうとしません
でした。彼自身もまた、街の武術愛好者でした。

「やるんでしょう、姿さん。4月の幾日だったか、海運橋の天神真楊流八谷 孫六先生の道場開きに紘道館
流と柔術が。え、見たいですね」
「ほお、誰から聞いた」
「こと、武術に関しては地獄耳です」


**************
ほてい屋へと三四郎が寄る数日前、天神真楊流柔術・磯 正道の没後に高弟の一人である商人出の八谷 孫六
が新しい道場を開くことになり、その道場開きに紘道館が招待されました。紘道館が他流試合を公式に申
し込まれたのはこれが初めてです。

招待状の終わりには--

 猶(なお)、当日模範試合として貴流御高弟と柔術某流とのお近付き稽古を挙行仕り度(たく)、御高弟二名
 御差遣下され度候(たく そうろう)

…と書かれていました。

この招待状を受け取った矢野 正五郎は、書院に4人の門弟を集めて、道場開きの試合申し込みがあったこと
を告げ、この某流というのが分かるか、と笑みを浮かべながら尋ねます。

壇: 良移心当流でしょう、先生。まず檜垣 源之助と、他は誰かな。まさか村井 半助でもあるまいし。
矢野: 良移心当流ではあるまい。
津崎: それでは戸塚楊心流ですか。しかし、戸塚楊心流も警視庁の世話係だし、八谷の道場でやるとは考え
られん。
矢野: 私は心当流とも戸塚流とも思わん。戸塚流は津崎の言う通りであるし、心当流の檜垣が、たかが、海
運橋の孫六道場で試合をやろうなどとは思わぬだろう。彼は策士だ。時と処と目的が合致しなくては決して
やらぬ男だ。世間に対する効果の一番あがる時と処と見物人が必要なのだ。
戸田: では、先生のお考えでは何流ですか。
矢野: この招待状は決して私を招んでいない……もし、私の見通しに誤りがなくば相手は心明活殺流であろう。
壇: わかりました。なるほど、神田川に叩き込まれた六人の仇討ですな。
津崎: はっはっ、先生に来られては困るわけだ。
矢野: あれからの月日、彼らも無駄にすごしてはいまい。


紘道館柔道の創始は、世間からの柔術に対する評判により、同一視を避けるための意図がありました。しかし、
柔術を排斥する意図はなく、日本橋の魚河岸の勇組道場で、同門であった泉 専太郎に説いたように、正しく
柔術に精進するのであれば彼らもまた自身の盟友と思うのみでした。

より深くは、小乗的な術から大乗的な道へと柔術を持ち上げる、という志によるものでしたが、反感を買い、
紘道館は四面に敵を受けることにもなりました。日本の柔術が新しい姿で、全国民の間に取り上げられる日
を目指して修行に励む日々だったのです。矢野は4人の門弟、特に差遣をする目当ての2人に勝てとは言わぬ、
柔道の精神を全うしてくれることだけを望む、と告げ、先ほどまでの好戦的な意気はなりを潜めます。


***************
海運橋の八谷道場で試合が行なわれることがほてい屋の番頭の耳に入っていることに三四郎はいささか驚き
ます。

紘道館の四天王全員やるのか、との問いに三四郎は四天王などというものはない、世間が勝手に言うだけだ、
とややぶっきらぼうに答えます。

引き留めるつもりで三四郎が試合に出るのか、と番頭が尋ね、戸田と三四郎自身が出る、と応えます。相手は
心明活殺流だそうじゃないですか、と番頭が続け、三四郎は「知らん」ととぼけますが、噂の広まることの早
さと、矢野師範の予想が寸分違わなかったことに、内心再び驚きます。これは、多分相手方から出た事実なの
でしょう。

強いうえにいい男ぶりで、綺麗な女性にもてて仕方がないのだろう、との番頭のおだてにこれ以上つき合って
いても仕方なし、と三四郎は降り続ける夕方の氷雨の中を歩いていきます。




(次ページ「眼-3.」に続く)



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(参考文献は全て最終ページに)





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