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神田須田町(旧連雀町・佐柄木町)の裏通り。
トップページ > 見聞録 > 『姿三四郎』-黒澤明監督と原作者・富田常雄に敬意を表して(その6-1)

※千代田区神田須田町(旧連雀町・佐柄木町)の裏通りの様子。

巻雲の章(1)


俥-1~2.


イラスト-(c)古賀スタジオ 古賀 マサヲ氏提供(1943年の映画をもとに製作)。


--撫でるように降りすぎて行った夕方の驟雨の後は、春の宵らしいおぼろ月が出た。

場所は、連雀町の八百屋の細い横町です(2017年現在の区域だと、東京都千代田区神田須田町に相当)。ここ
を4-5軒入ったところと思い、昼間見た看板を探そうとしたが直ぐに見つからないでいます。

昼間は、天神さまの唄を歌うおかみさんたちに教えてもらって目当ての道場は直ぐに見つかりましたが…向か
いの駄菓子屋のお内儀は、昼間訪ねても浅草に剣術居合抜きと組んで見世物に出かけているので道場は留守だ、
と教えてくれます。


(神田須田町の歩道橋から見た都道302号線との分岐部分。都道を進むと須田町交差点で国道17号線と交差し、
国道17号線を左折すれば万世橋に至る)


弟子入り志願のつもりで来た三四郎、今時もの好きな、と呆れたような視線を浴び、あまり長く話していたく
ないと感じます。弟子は取るでしょう、何しろ駄菓子の借りも払わない先生だから、と投げかけるような言葉
を耳にし、三四郎は腹を立てながらいったん引き返します。

剣術や柔術が野蛮とみなされるこのご時世に、皮相的に西洋の形だけを追う文明開化の波が柔術を見世物にし、
駄菓子の払いまで借りにせざるを得ないと受け止めた三四郎は、相手がどれほど貧乏でも弟子入りしようという
意思に変わりはありません。

心明活殺流柔術指南 門馬三郎

ようやく大きな看板を見つけて、がたがたの格子に手をかけて開けようとした時、三四郎は屋内に大勢の人の
気配を感じ取ります。うらぶれてはいるものの、夜には大勢の人が賑やかにしている様子を見て、三四郎は心
が明るくなりました。

格子を開けて呼びかけると、赤ら顔で頭が禿げあがった大男が姿を現します。この大男が門馬 三郎でした。
三四郎は昼間訪ねたことを明かし、入門を希望する旨を告げると、門馬は気のない返事をしながら上がる
よう三四郎に告げ、さっさと奥に引き揚げます。

玄関の板敷きの間に続くのは、12畳の部屋でした。吊りランプが1つに、稽古着が4-5枚ぶら下がる、額のない
部屋で、ここが心明流柔術の道場兼寝室のようです。攣りランプの下に車座になって座る6人ほどの男たちが、
一升徳利で茶碗に酒を注ぎながらそれを呑んでいます。

その一座に、三四郎は一礼し、「姿三四郎です」と名乗ります。車座の男たちには着流しや袴を付けた姿です
が、いずれもが骨格の逞しい30歳前後の者が大半でした。一方、彼らに比べると三四郎は小柄です。一座の中
の一人が、三四郎を値踏みしたように一瞥し、門馬に「入門か」と尋ねます。皆が、好奇の眼で三四郎を見つ
めます。

「どこの生まれだ、君は」
「会津です」
「柔術をやったことがあるかね」
「故郷(くに)で少しやりました」
「何流だ」
「天神真楊流の大曾根 俊平という人です」
「ほう、きかんな、そんな男は」
「72のお爺さんです」
「はっは、そりゃ古い」

門馬 三郎の三四郎への応えに、一座がつられて笑います。

「しかし、君の体で柔術は無理だろう」
「どうしてでしょう」
「小さすぎる」
「僕はそう思っていません」
「術でいくというのか」
「はあ」
「なるほど、それも良かろう、学士様の矢野 正五郎でも言いそうなことよ、なあ、八田」
「大学出の学士が理屈でこねた畳水練なら知らぬこと、柔術はそうはいかんよ。まあ、君なぞは、紘道館
の矢野の処へでも行けばよろこばれたろうな。知らんか、矢野を」
「はあ、名はきいたことがあります。一度稲荷町の隆昌寺の前を通って、道場だけは知っていますが」


この頃、紘道館は隆昌寺のお堂での稽古に励み出しており、三四郎や門馬 三郎はそのことを話しています。
庭稽古から解放されたは良いものの、投げ技の受け身で床の振動がひどく、本堂の位牌はそのたびにひっ
くり返り、根太が緩むため、そのたびに高弟たちが床下に潜っては元に戻す騒ぎでした。隆昌寺の和尚は
矢野の紘道館柔道に理解があったものの、さすがに位牌が稽古の度にひっくり返ることには音を上げていた
ようです。


門馬は、大学出の学士様は学習院教師の地位に満足さえしていれば良い、柔術を統一しようなどという大そ
れた「たくらみ」を狙うのが気に喰わない、と眉を吊り上げ、心明流の門弟たちの間にも殺気を帯びた沈黙
が漂います。

入門料は50銭だと言われ、三四郎は黙ってお金を渡します。矢野の学士柔術とは違い、心明活殺流は理屈
抜き、入門帳は要るまい、稽古さえ付ければ、と門馬は門弟らと酒に興じ続けます。

入門して、その場で稽古が始まるかと思いきや、彼らは酒をあおり続け、それが進むにつれて興奮が高じ
ていきます。


(神田須田町の一角)


矢野やその高弟たちが自覚している通り、心明活殺流をはじめとする多くの柔術家は紘道館柔道を目の敵
としています。御一新後、日本伝来の柔術や剣術はほとんど顧みられなくなって、落ちぶれる者も続出、
巷では柔術家の振る舞いが白眼視され、新たに入門しようなどという人間は、三四郎が昼間に身をもって
感じた通り、変わり者と見られる状態でした。

その一方で、警視庁は武術世話係を置くことを決め、柔術家たちにもどうやら再び陽の目が当たりそうな
先行きとなっていました。それ故、紘道館に武術世話係を乗っ取られてはまずい、まさに斬るべし、と不
穏当な雰囲気になっていました。

この中で、八田という精悍な男だけが、矢野はどれくらい出来るのか、と考え込む姿勢を見せます。他の
門弟たちは知れたものよと軽んじますが、天神真楊流の磯 正道に学び、起倒流の飯沼 恒民とも互角以上と
の評判を取っていることを知っており、実力は侮れない、と予想しますが…。

一方、酒が進んで眠気を催した根本と呼ばれた男は、寝るなといわれて矢野一人捻るのに固くなることも
あるまい、と横になります。

三四郎は終始黙っていましたが、彼らが抱く世を恨み、妬む気持ちで荒んだ雰囲気に苦しさを覚えるととも
に、まさにそうした彼ら自身の行状が自らの身を貶めているのだ、という気持ちになっていました。武術家
としての気品や高邁な気宇のない彼らから、学びとれるものはない、そう感じた三四郎は、入門のしるしに
一杯やらんか、と勧められた酒を断ります。最早、入門も断念しようという気持ちに傾いていました。

しかし、三四郎が彼らに見せたのは、その心情とは裏腹に笑顔でした。

今夜、彼らが何のために門馬のもとに集まっているのかが明かされます。

「実はな、今夜、我々の手で矢野をやっつけるのだ」
「殺すのですか」
「殺しはせんよ、はっはっ、気絶さすくらいだろう。不具(かたわ)になるかどうかは保証の限りではないが、
懲らしめるのだ」

心明流門下の者たちは愉快そうでしたが、三四郎は不快でした。

「すると、闇討ちですな」
「今夜は錦町の今文で学習院の講師連中の会がある。その帰り路を待って野試合をしようというのだ。書生
の畳水練に心明活殺流の柔術を見せてやるのだ。後学のために君も見ておくとよろしい」
「朝野新聞や日日新聞に矢野が襲われて跛(びっこ)になったなぞと出ればこっちのものよ。ふた葉のうちに
刈りとるわけだ。跛でも学校の先生は出来るから殺生でもあるまい」

その時、外から格子を慌ただしく開けながら息を切らして「先生」と呼びかける声が響きます。

「おお、仙吉か、どうした」
「出ました、すぐ来て下さい」
「どっちへ行く」
「今文を出て俥に乗ったが、道は一本だ。めがね橋を渡って上野に向かうに違いありやせん。早くしねえ
と逃がしますぜ」
「よし来た」

門馬が起ち、続いて他の6人もばたばたと起ち上がり、玄関へと飛び出していきます。

「武器は持つな、持っては活殺流の恥になる」
「思いきり、叩きのめせ」
「人目は良いかな、何時だろう」
「もう10時を廻った。なあに、見られても構わん。姿君、君も来い」

三四郎は門馬に言われるまま、外に出ます。月は隠れて、彼らが襲撃するのに都合のよい屈強の暗さをも
たらしています。

入れ違いに、弁当箱を抱えた13-4の娘が浮いて出たかのように門馬の前に現れ、出かける父を今夜帰って
くるのかと尋ねます。他の6人は、遊び人風の仙吉を追って先に走って行きます。門馬は、澄か、すぐに帰
ると娘に言い置いて駆けて行きます。

三四郎も、続いてお澄と擦れ違います。彼女の大きな目と肌の色の白さが三四郎の脳裏に残ります。


(神田の万世橋に近い一角。背後に見えるのはJR中央本線。その向こう側は秋葉原である)



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