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神奈川県大磯町の鴫立沢・鴫立庵
トップページ > 見聞録 > 『姿三四郎』-黒澤明監督と原作者・富田常雄に敬意を表して(その5-1)

※トップ画像は、神奈川県大磯町の鴫立沢・鴫立庵

生死の章(1)


庭の千草-1~2.

季節は冬、日射しが窓ガラス越しに柔らかく差し込む、暖を取るための火が格別不要な、穏やかな日です。

矢野 正五郎の姉・須賀子が大磯にある椿家の別荘へと、病床にある早苗の見舞いに訪れています。縁側に
腰掛ける早苗を、須賀子は年下の友達を労わる表情で見つめます。


(大磯・鴫立庵の居間)


早苗は、親しい須賀子が訪れたのと、ここのところ病状が安定していることも手伝い、元気そうに見えて
います。やややせ細ったように見えるも、清純さや美しさは以前以上のようにも見えました。

女学校時代の気安さで須賀子は早苗に話しかけ、早苗は彼女が作った人形を矢野たちがまだ持っているの
か、と問い掛けます。大事に持っている、と応えた後、須賀子は「浩が待ってますわ」と早苗に病気を克
服して矢野 正五郎と添い遂げなさい、と暗に伝えます。

早苗はこの言葉に目を見張り、首を垂れて小さく頷くと、大粒の涙をこぼします。

若い女性同士の、気の置けない話が続いた後、早苗の父・正太が東京から偉いお医者さまをここに連れて
きた、と須賀子に明かします。女中がコーヒーを運んで来て、須賀子に勧めると早苗には体温を測る時間
だと体温計を早苗の脇へと挟みます。

そろそろ暇乞いするべきか…と思うと、早苗は泊っていかなくては嫌、と須賀子をとどめようとします。
須賀子は、この病人のためには暇乞いしなくてはなるまいと思い、ただ微笑して見せます。


須賀子が椿家の別荘より辞去してから1時間ほど経ち、東京より娘のために招いた入沢医師と、父・正太が
早苗の病状がどの程度なのか、所見を尋ねています。穏やかに日が射し込んでいた大磯には、午後になって
風が吹き込み、別荘のガラス窓を震わせています。

正太は、これまでのいきさつから心を痛め、娘の病気も彼が取ってきた行動に対する報いであるかのよう
に感じて、不安とやり切れなさに苛まれていました。

病床の早苗を見舞ってくれた須賀子にお礼を言えなかったのは、正太が後ろめたい気持ちに支配されていた
ためです。さすがに、不治と言われる病に早苗が冒されたことが自分のとった行動によるものとまでは考え
たくなかったけれど、前参議・清閑寺 静馬との政治的コネクションを築き、あわよくば権益を得ようとして
二男の高博と早苗との婚約を進めようとしたところ、人づてに高博の婚約者が須賀子であり、しかも彼女ら
が姉妹のように親しかったことを聞いた時には、剛腹な正太でも衝撃を感じざるを得ないことでした。

正太がそのことを知ったのは、早苗の発病後のことで、病気により早苗の婚約は破談となります。

西洋医学の泰斗とも言うべき入沢医師を東京から招いたのは、父としての愛情と、罪悪感に近い感覚からで
しょう。そして、医師として良心的であり、学究的正確さで下された診断は、極めて冷酷にも思えるもので
した。

入沢医師の見立てでは、この冬を越すのは無理、もって2ヶ月程度というものでした。転地療養は適切な時期
にしてこそ回復に寄与するのであり、それに適していない時期にすれば却って悪影響もある、元気なのは彼女
の気性に負うものであろう、左肺は機能しておらず、右肺も半分以上は機能していないから苦しいはずだ、と
説明します。

正太は、悲しみにあふれた表情でつぶやきます。

「先生、御一新前から、私は日本の医療器具に関しては努力もし、御奉公も致したつもりでした。外国から
の輸入についても骨折って医術に貢献したと自負しております。それが……自分の娘の病気を治す機械は1つ
もございません。運命と申しますか、因果と申しますか、先生、お察し下さい。」

こう言って、椿 正太は落涙します。


(大磯・鴫立庵の正門)

入沢医師は急遽帰京することになり、爺やが診察かばんを持ち、門外に医師の姿が見えなくなるまで見送った
後、重い足取りで早苗の病室に向かいます。

病室で、早苗は厚い布団に横たわり、看護婦が彼女のために聖書を読み聞かせています。しかし、早苗には
聖書を聞くだけの気力もなく、呼吸の苦しさを聖書に紛らわせている様子でした。苦しさに耐える早苗をじっ
と見つめて、正太は看護婦の目礼に応えることも忘れています。

正太の姿を見て、少し太ったのではないかと早苗が言うと、笑いながら酒太りかも知れん、ここに早苗が来て
から一度も見舞ってやれなかったから、何でも希望があればかなえてやろう、と勢いを付けて話しかけます。
早苗に入沢医師の見立てを悟られまい、という気持ちから語勢が強くなったのでした。

早苗はまず、東京に戻って、自分の部屋で死にたいと言い、正太は狼狽します。何とか、もう一息だと返事を
すると、改めて大きな願いとして矢野 正五郎のために柔術の道場を建ててほしい、早苗の願いはそれだけです、
と頬を赤らめながら正太に頼みます。

正太は「よしよし、引き受けたよ」と応じ、病室から飛び出して居間に向かい、声を忍んで泣き続けます。


庭の千草-3~5.

お台場での決闘から数週間が経ち、隅田川は秋景色から冬景色へと移ろいでいます。

 
(隅田川河岸-東京都中央区新川)

戸田 雄次郎は、島屋の離れの窓から、大川(隅田川)を行き来する白帆を目にし、枕の下から聞こえてくる
慣れ親しんだ櫓の音に耳を澄ませます。矢野の離室では手狭であろう、また回復して床から起き上がれる
ようになってからも先生に厄介を掛けるだろうから、と島屋の人々は戸田を帰そうとしませんでした。

戸田は以前の健康と気力を取り戻しますが、激しい苦悩と強い自責の念に苛まされます。ただでさえ快く
思われていない柔術家連中と遭遇する可能性が高いお台場へ、しかも島屋の孫娘を連れ出した軽率さから
来る感情でした。

しかし、島屋は一切戸田を難詰する姿勢を見せません。千鶴に対しては軽はずみを叱る色を見せていまし
たが、戸田に対しては、暴漢たちからこの孫娘を身を呈して護り通したことへの感謝と慈しみの姿勢を見
せていました。

しかし、その心配り故に、戸田は苦しさを感じざるを得ませんでした。堕落した、という気持ちとともに
あの日の幸福な舟遊びとその後に直面した闘争が、戸田の人生観を変えたことも確かなことでした。

戸田はその心に、「自重」と「一心」の文字を刻みつけます。矢野師範は、戸田が後悔と自責の念にとら
われていることを見抜き、そこから大切なものを掴み取ることを待つ姿勢を見せていました。

戸田は、長く過ごした部屋に残る、自分で包んだ2つの大きな風呂敷包みに眼をやります。ようやく、矢野
の邸へと戻る日が来たのでした。


千鶴が部屋にやってきます。若い男女の、言葉少なながら、多くの言葉を要しないやり取りがありました。

戸田は長い間お世話になったこと、長作には先ほど礼を述べたこと、千鶴にはお台場に連れて行った軽率さ
を詫びます。

千鶴はこの部屋にはもう戸田がいなくなることを淋しがるも、時々は来るとの言葉に頬を赤らめ、戸田の
詫びにはあの日は自分から付いて行ったのだから詫びることはない、むしろ付いて行ったから戸田がけが
をする羽目になったのだ、と返答します。

「ではね、もう、あの日のことはお互いに忘れましょう」
「ええ、でも……覚えていも、良いところだってありますわ」

千鶴は当然のことのように言い、艶やかに笑います。

「お迎えが来るんですってね。お俥でしょう」
「いや、歩きます。迎えが来るというのが誰なのか、わからんで困っているんです。まさか、先生ではあり
ますまい」
「そうね、矢野先生では、貴方がお困りになりますわね。ほほほほ」

千鶴と戸田は、お互いに気が開けて笑い合います。

女中のお重がやってきて、戸田の迎えが来たことを知らせます。お重は書生二人が迎えに来たと言い、戸田
の風呂敷包み2つを持って素早く店先へと向かいます。


(佐賀一丁目の交差点-江東区佐賀)


戸田を迎えに来たのは、新たに矢野門下となった壇と津崎でした。2つの風呂敷包みを壇と津崎が1つずつ持
ち、矢野の邸のある佐賀町へと歩いていきます。歩きながら矢野の人となりや柔術の心と技の素晴らしさを
語り合い、会って間もないにもかかわらず、3人の間の隔てはなくなっていました。

初対面の挨拶代わりに何かしたいな、と壇が口火を切り、酒は飲めないぞと津崎が応じるに佐賀町の角に汁粉
屋があるな、と壇が答えて、戸田が梅月という店の名前を出します。

戸田が壇と津崎に僕がおごろう、と先に立って暖簾をくぐります。

汁粉を喰いながら、彼らは掛札 兵介がどれくらい出来るのか、試合ったことのある戸田に尋ねます。壇・津崎
は衝突しかけたこと2回、そのうち1回は津崎の機転で熱い甘酒をぶっかけ、同時に渡し船で出会った名寄屋
安兵衛の加勢もあり、死闘をまぬかれています。

壇が6杯めの汁粉をかきまわしていると、隣の腰掛けで彼らに負けずに汁粉をかえていた漢学書生らしき男が、
矢野門下生であることを確かめると京橋に出来る新しい道場で掛札と矢野が柔術の試合をするのを知っている
か、と尋ねます。

壇・津崎とも、この話は初耳でした。漢書学生は、その試合は新道場の道場主を決めるための試合だそうだ、
と告げ、師範が試合するのを知らんというのはおかしいな、と訝ります。

壇と津崎は、興奮した目付きで戸田の方に視線を向けます。戸田は黙然と腕を組みつつも、一つの強い決心
を固めます。


佐賀町にある矢野の邸では、大磯の椿 早苗を見舞った須賀子に、矢野 正五郎が容態を尋ねています。良く
も悪くもない、苦しそうだがことばや様子は元気に見える、とその様子を話します。

矢野は、箱根からの帰りに寄った時、早苗がオルガンを弾きながら歌った庭の千草を、大磯の波音とともに
思い出しています。須賀子は、もしかしたら早苗は治るのを諦めているのではないか、という虫の知らせの
ような感覚を矢野に話すも、溢れる悲しみを笑いに変えているのを察して、須賀子は話題を変えます。

戸田 雄次郎のけがが癒えて島屋から帰ってきます。新たな門下生となった壇と津田が迎えに行き、学習院の
院長からも支持を得られたこと、また彼らが帰ってくる前に和解した兄弟弟子の泉 専太郎も訪ねてくる、と
いう柔術の発展に光明が射すことを感じさせる出来事が重なります。

泉 専太郎と会ってみますか、との矢野の問い掛けに、男のお客様なら遠慮しましょう、と須賀子は席を外し
ます。


泉 専太郎が矢野のいる離堂に通されて間もなく、戸田ら3人も邸に帰ってきます。泉は過去に病気で床につい
ていた戸田を足蹴にした無礼を詫び、また対決するつもりだった矢野と話し合って自らの負けを悟り、柔術
から足を洗って魚商になり切り、矢野に新たな門弟2人が出来たことを心から喜びます。

戸田も、わだかまりのない泉の態度に笑って頷きます。

話題は、戸田ら3人が矢野邸に戻る前に汁粉屋で訊いた噂話-矢野と掛札が京橋の新道場で試合をすること-に
及びます。

「その噂は本当です」と泉は言下に肯定します。京橋の畳町に出来た新道場は旗本屋敷だったのを改装して
出来たもので八十畳あまりの広さ、道場名は「日本伝柔術聯合(れんごう)道場」、しかし金主、道場主はさる
政治家らしいが詳しくは分からない、道場開きの試合で掛札と矢野が立ち合い、勝負に勝った方を師範に指名
するということが泉から知らされます。

しかし、矢野自身は日本の柔術の代表かどうかはさておき、掛札と試合をするというのは初耳でした。

泉は、掛札がどのような逆手を用いぬとも限らない、日本の柔術にとって矢野は大切な人物であり、この試合
はなさらない方が良い、との考えを述べます。

しかし、時と場合によっては闘いを避けてはならないだろう、理論の柔術か、畳水練かを問う世の疑問に応える
のも義務だ、と目の光を増しながら矢野が決意を現わします。

戸田はこの話を聞いて、この試合はぜひやらせてほしい、と頼みます。戸田が掛札との対決で柔術に殉じる覚悟
でいることを察し、矢野は両腕を組み、静かに目を閉じます。

泉が辞去した後も、その可否について矢野は一言も洩らしませんでした。



(次ページ「新雪」に続く)



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