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小山町用沢
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用沢(静岡県・小山町)、修善寺・大平(静岡県・伊豆市)①

『七人の侍』-黒澤明監督に敬意を表して(その6)(見聞録のタイトルは『七人の侍』-ロケ地を訪ねる
(その6))では、用沢(静岡県・小山町)、修善寺・大平(おおだいら)(静岡県・伊豆市)を取り上げます。

当コラム「その3」で、『七人の侍』の舞台となる村の西側については、御殿場市ニノ岡としています
が、実は資料により幾つかの違いがあります。筆者のU.M.がその後手に入れた資料で、『七人の侍』の
チーフ助監督を務めた堀川弘通氏の著書である『評伝 黒澤 明』によれば、御殿場の用沢という地名
が記載されており、そこが村の西側の大がかりな柵が作られた場所に該当するようです。

しかしながら、実際には御殿場市に「用沢」という地名の土地はなく(「ぐみ沢」なら御殿場市にある)、
正確には駿東郡小山町のことを指していると考えられます。

『七人の侍』以外でも、小山町でロケが行われていたことがあり、スタッフや出演俳優たちが宿泊した
宿が御殿場市内にあったことからひとくくりにして「御殿場ロケ」と称していたのかも知れません。

本コラムのトップ(カスタムメイン画像)並びに2番目の画像は、その小山町の用沢で写してきたものです。
ここも、正確に「ここだ」といえる場所は特定できなかった為、同じ地域の近い場所、との理解でお願
いいたします。

映画の中では、七郎次(演:加東 大介)が持ち場とし、得意な長槍を操って何人もの野武士を斃していまし
た。七人の侍の中では、最後まで生き残った3名のうちの1名です。

七郎次は、島田 勘兵衛(演:志村 喬)の「古女房」と呼ばれる、ともに戦を戦った、信をおく間柄、侍集め
の際に物売り姿でいたところを偶然出くわし、今度も付いてくるか、今度こそ死ぬかも知れないぞ、と念
を押したところ、勘兵衛の問いかけに訊くまでもない、とニヤッと笑って見せる人物で、片山 五郎兵衛
(演:稲葉 義男)と同等かそれ以上に信頼されていました。

『七人の侍』でのキャスティングにおいては、同じ東宝の『次郎長三国志』シリーズに「三保の豚松」の
役で出演していたところ、黒澤監督からの依頼で豚松の役を降りることになり、「役の上で」死んで、
『七人の侍』に出演した、という逸話があります。
黒澤作品では『羅生門』(1950)の放免、『生きる』(1952)のやくざの子分役などの名わき役として出演
し、『用心棒』(1961)の新田の亥之吉が黒澤作品最後の出演作となりました。1975年に結腸癌で亡くな
った際、「『七人の侍』では最後まで生き残ったのに、最初に鬼籍に入ってしまった」と惜しまれました。

小山町用沢には用沢八幡宮神社という立派な神社があり、また富士山が正面に見える土地柄です。場所を
特定しないように、映画の中では一度も富士山は映し出されていませんが、収録の合間、天気が良ければ
出演者たちも富士の山の様子を見ていたのかも知れません。



上の画像は、用沢八幡宮神社の同じ敷地内にある摂社の一部と、背後に見える富士山を一緒にとらえた
画像です。

この様に、真冬になると富士山は厚く雪化粧をします。富士の山体は南北にやや薄く、東西に末広がり
となっているため、山体の東側はややなだらかな斜面が広がり、富士山の東側に位置する小山町では、
雪原も小山町側に伸びている様子が分かります。



神社には、この様に立派な樹木も植わっています。右側の奥に見えるのが拝殿です。



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