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箱根・長尾峠
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長尾峠(神奈川県・箱根/静岡県・御殿場の県境および市町境)と鮎壺の滝(静岡県・沼津/長泉の市町境)

『七人の侍』-黒澤明監督に敬意を表して(その2)(見聞録のタイトルは『七人の侍』-ロケ地を訪ねる
(その2))では、長尾峠と鮎壺の滝を取り上げます。

当コラム「その1」の場面から少し時間が遡って、映画の主要舞台となる山村に入る前に出てくる2つ
の場面のロケ地が、今回取り上げることになる訪問地です。

山間の寒村の作物の収穫時期を見計らって野武士たちが収奪に来ることを察した村人たちは、野武士
たちと談合して何とか自分たちが食いつなげるだけの作物を残してもらうのか、それとも野武士たち
を撃退するべきかで村の意見が分かれます。

そこで、村の長(おさ)である儀作(演:高堂 国典)に相談しに行くと、儀作は「やるべし!」と決心、町
へ侍を探しに4人の男衆を行かせます。「腹の減った侍を雇え」と。

自分たちの村を守るために雇うべき侍は4人、探しに出向いたのは与平(演:左 卜全-ぼくぜん-)、茂助
(演:小杉 義男)、万造(演:藤原 釜足)、利吉(演:土屋 嘉男)でした。侍さがしの段になっても彼らはまだ
対立し、また村の守りを固めるための報酬が腹いっぱい米の飯を食えるだけということで、応じてくれ
そうな人材はなかなか見つかりません。

そんな中、着物を川で洗っているとその近くの豪農の家に人だかりがして、何やら騒がしく、しかも
初老の浪人が僧侶に伴われ、川で剃刀を使いながら剃髪を始めています。

何が起きているのか、利吉たちが集まってきている百姓の一人に尋ねると、その豪農の一人息子が盗人
の居直り強盗に人質に取られ、納屋に立て籠もっていると言います。たまたま通りかかった浪人に助け
を求めるとその浪人は即座に引き受け、やはり近くを通りかかった僧侶をつかまえて袈裟と数珠を貸し
てほしい、豪農の家人には握り飯を2つ作ってほしい、と指示を出します。

やがて、剃髪が済んで旅の僧侶になり済ました浪人は2つの握り飯を持って納屋に近づき、「腹が減っ
ているだろう、ひとつはお前に、もうひとつは子供にくれてやれ」と話しかけます。「投げろ!」と
言う盗人に握り飯を投げて渡した浪人は、盗人の油断したすきを見逃さず、電光石火のごとく納屋に
飛び込み、一撃で盗人を倒して、人質になっていた子供を救い出しました。

これは、『七人の侍』が具体化する前のシナリオ構想段階で書かれた剣豪列伝の、『本朝武芸小伝』に
書かれた上泉伊勢守(かみいずみいせのかみ)のエピソードがほぼそのまま借用されています。この筋を
映像的に演じたのは島田勘兵衛(演:志村 喬)で、映画のタイトルにもなった「七人の侍」たちのリーダー
となり、村の守りを固めるための戦略を立案していくことになります。

また、この盗人を演じたのは、黒澤明監督作品への名わき役として数多く出演し、TBSの人気TV時代劇
『水戸黄門』で長らく黄門さまを演じた東野英治郎で、他にも最年少の侍として、勲功を上げたく家を
飛び出して旅を続ける岡本勝四郎(演:木村 功)、野良犬のような粗暴な侍として、後に勘兵衛から「貴様、
百姓の生まれだな」と看破されることになる菊千代(演:三船 敏郎)もここで島田勘兵衛との出会いを果た
しています。

この勘兵衛の働きを見届けて、侍さがしに一筋の光明を見出した利吉たちは、町中で勘兵衛らに追いつ
いて村の守りを固めるための、新たな侍さがしと百姓たちの鍛錬を依頼します。しかし、勘兵衛は難色
を示し、諦めるしかないのか、と思っていたところ、百姓たちを嘲笑っていた同宿の人足たちが、思わ
ぬ助け船を出します。

「お侍たち、この飯はお前さんたちの取り分だ。ところがこの抜け柞どもは何を食っていると思う?…
稗食っているんだ。百姓にしたら、これが精一杯なんだ!!」
この人足たちの叫びを受け、彼が持っていたお椀一杯の飯を受け取りながら「分かった、そうわめくな。
…この飯、おろそかには食わんぞ」と応じて、勘兵衛はいよいよ腹をくくったのでした。

さて、利吉たちと勘兵衛が出会った豪農の家からこの木賃宿に向かうまで、そして7人の侍のうち5人が
揃って(勘兵衛を入れると6人)山村へと戻っていくときに通過する峠は、資料によれば長尾峠付近とされ
ています。神奈川県・箱根町と静岡県・御殿場市との市町境または県境に相当する場所で、地理的には
神奈川県の県道736号線・長尾トンネル付近と見られます(長尾トンネルの上に旧街道がある)。

まだ、木賃宿を発ち、山村に向かう途中で菊千代は村の守りを固めるための要員として勘定されておら
ず、一行に勝手に付いていっているような状況でした。

このコラムのトップ(カスタムメイン画像)は、長尾峠入口に立てられた道標です。かつて江戸時代には、
箱根裏街道が通じており、乙女峠が開通するまでは箱根仙石原と御殿場をつなぐ最短路でした。



長尾トンネルの脇から山に通ずるきつい傾斜角の山道を登って行き、「長尾峠」の道標がある辺り
から少し登った位置より背後の山を見返してみました。この様な場所は映画には出てきていません
が、背景の山体の形状はこの場面の光景に非常によく似通っています。ここではないかも知れない
が、この場面のロケ地はかなり近いと思います*。

*長尾峠の近くで収録されたのは、勝四郎と志乃との逢瀬をした森の中の花の咲く場所で、侍たちが
峠を越える場面は伊豆市(修善寺)の大平(おおだいら)付近である。「その6-2」を参照のこと。

この長尾峠から乙女峠の途中まで歩いた山道は地面の状態があまり良くなく、日没が迫った時間帯
であることも手伝い、人の気配は全くありませんでした。笹竹の藪が深いうえに、途中のきつい傾
斜を通りかかった時には何かすごい勢いで斜面を転がるように移動する音がして、しかも笹藪の中
から動物の低いうなり声のような音がしてきました。

この付近を縄張りとする野生動物か、野生化した生き物のテリトリーに重なっているのかも知れま
せん。幸い、何事もなく済みましたが、11月下旬の16時半過ぎは周囲が暗くなるのも早く、日没が
迫る時間帯は単独でこの辺りに入り込むのは避けた方が無難でしょう。

もう1ヶ所は、静岡県・沼津市と長泉町との市町境を流れる黄瀬川の「鮎壺の滝」です。資料によっ
ては、「藍壺の滝」とも紹介されていますが、同じ場所です。この記事のトップ(コラムとしては2番
目)の画像は、黄瀬川に掛かる鮎壺の滝を間近に見られる吊り橋から見たものです。



映画の中の場面に一番近い視点の画像はこちらです。さすがに映画の公開から60年が経過して、
21世紀に入った現代では周囲の駐車場や高級マンションなどが立ち並ぶ様子に、時の流れを感
ずることを禁じえませんが、滝壺の様子はほぼ映画で描写されたままの姿をとどめています。

恐らく、当時は滝壺と富士山を一緒に見られるような、絶景が広がっていたのでしょう。

利吉と勘兵衛ら6人の侍たちがお昼の休憩に握り飯を食べるため、滝壺の上の川原に腰をおろし
ていると、菊千代は滝壺の近くに入り、川に潜って魚を捕まえ、「とったぞー、どうだ?!」と
得意げにしながら川原で捕まえた魚を焼く、そんな場面にこの場所が選ばれていました。

現在では、川の両岸に公園が整備されていて、市民の憩いの場となっています。その一方で、
『七人の侍』のロケ地になっていたことを示すようなものは見当たらず、むしろ静岡県が進めて
いる伊豆半島ジオパークの一部として整備がなされているようです。

映画の中では、菊千代を演じた三船敏郎はほとんど素っ裸に近い、ふんどし一丁の姿で川に潜る
場面のため、川魚を捕まえる場面の演出上、その魚をふんどしの中に隠していました。ふんどし
から魚を取り出して、捕まえたかのように見せる場面であり、事前に魚を持つ時の力加減を気を
つける様に指示されていたものの、その力加減が分からず、何度も魚に逃げられてNGを出して
いたそうです。

ついに事前に用意していた魚に全部逃げられてしまい、スタッフが釣り竿で逃げた魚を釣ろうと
する一方、沼津の魚河岸に車を走らせ、魚を買いに出かけたそうです。魚河岸で調達してきた魚
が届いたので収録を続行、ようやくOKが出たとのことでした。



こちらが、鮎壺の滝の上側の、お昼の握り飯を食べていた村人と侍たちが腰をおろしていた川原
の様子です。溶岩地形がはっきり分かる場所ですね。

この滝壺の上側の川原に降りることはできませんが、近くの公園から見下ろすことができるよう
になっています。

川原の岩や水流の様子は、映画収録時に比べ、若干の変化が見受けられます。しかし、滝壺の上の
樹木の様子はほぼ当時の面影を残しており、映画収録時の様子がよみがえってくるかのようにも感
じました。

U.M.が複数訪れた『七人の侍』のロケ地の中では、最も正確に特定できた場所の1つです。多くは、
近くらしいが正確にここだとは断言しがたい場所で、これから取り上げていく場所も、そういう
場所であると受け止めて戴きたいと思います。

実は、U.M.はかつて沼津市の在住時期にこの鮎壺の滝にほど近い大岡という地区に住んでいたこと
があります。休日にはこの付近を散策していたこともあり、月光天文台に着任する以前より、転居
しても、ここへ徒歩で来れる地域に在住しています。



周辺情報…長尾峠付近は、箱根仙石原が近く、芦ノ湖や箱根湿生花園なども最寄りの名所や施設と
して存在します。静岡県・御殿場側には、県道401号線の途中に峠の茶屋があり、遠景の富士山を
ご神体とする鳥居もしつらえられています(御殿場や箱根には、黒澤監督が数多くの映画のロケ地と
した場所が多く存在する)。
一方、鮎壺の滝の近くは、西に行くと門池公園、さらに西には国道246号線が南北に走り、この
辺りはグルメ街道として多くの飲食店やファストフード店などが道沿いに立ち並んでいます。

沼津からは愛鷹山が前景に位置してあまり景観は良くないのですが、御殿場市側から見る富士山は
絶景と言ってよいほどです。


(この項、その3に続きます)


報告者: U.M. (月光天文台)


参考文献: 下記

『七人の侍』創作ノート(黒澤 明・著/野上 照代・解説/文藝春秋・刊)
『もう一度天気待ち』(野上 照代・著/草思社・刊)
『黒澤明と「七人の侍」』(都築 政昭・著/朝日文庫・刊)
『黒澤明 全作品と全生涯』(都築 政昭・著/東京書籍・刊)
『複眼の映像』(橋本 忍・著/文春文庫・刊)
「映画を愛した二人」黒澤明・三船敏郎(阿部 嘉典・著/報知新聞社・刊)
『クロサワさーん! 黒澤明との素晴らしき日々』(土屋 嘉男・著/新潮文庫・刊)

DVD『七人の侍』(黒澤明・監督/東宝株式会社)






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