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君津市の人見神社から見る東京湾の様子。
トップページ > 見聞録 > 千葉県君津市から見る東京湾の夜景(2017.11.25訪問)

※トップ画像は、千葉県君津市の人見神社境内から見る東京湾の様子。

千葉県君津市から見る東京湾の夕景と夜景


2017年11月25-26日に訪れた、千葉県君津市からの東京湾の夕景と夜景について取り上げます。

筆者(U.M)は、2017年の暮れが目前に迫った千葉県君津市へと、泊まりがけで訪れてきました。元は、
JAXA科学衛星『ひとみ』(ASTRO-H)の、打上げ1ヶ月後に通信途絶に至った重大インシデントに対す
る"神頼み"で、衛星の通信回復を祈願するために訪れた神社であり、北辰妙見(北斗七星)ともゆかりの
深い(故に、願意としても合っていると思われる)『人見(ひとみ)』神社へと2016年4月に訪れています。

ASTRO-H『ひとみ』衛星は、2016年2月17日打上げ、初期観測完了して間もない3月26日から通信
途絶という異常事態が発生していたことは、JAXA公式サイトからも発表されていた通りです。

『はやぶさ』の2005年12月に発生した通信途絶に対して、工学的に合理的な対策で通信回復を目指し
たことはよく知られています。それと併せて、川口 淳一郎プロマネ(当時)が"神頼み"をしたことも、
川口先生ご自身が講演で明らかにされており、筆者の『ひとみ』衛星に対する"神頼み"も、それにあや
かったことでした。偶然見つかったのが、君津市の人見(ひとみ)神社であり、もちろんこれはダジャレ
です(他には、壷井 栄・原作の同名映画に因んだ「二十四の瞳神社」が香川県にあることも分かったが、
日帰りの難しい場所なのでそちらは訪れていない)。

残念ながら、ASTRO-Hは復旧ならず、XARMとしてリカバリー=ミッションの準備が進められています。
2020年度に打上げ、再起を目指します。




しかし、その地を訪れて、実に眺めが良いことに感動するだけでなく、こういうことでないと行かない
ことにちょっと罪悪感も感じていました。当時は4月のあまり天気の良い時期ではなく、天気が安定する
時期にもう一度訪れたい、その希望が実現したのが2017年11月下旬だった、ということになります。

 

人見神社の拝殿はこの様になっています(左)。右画像は、境内から南西寄りに視野を取った、房総半島
とその奥の東京湾が一部、画像に写っています。手前に写るのは小糸川で、東京湾へと注いでいます。

この人見神社は、千葉県南部の夜景で知られているということを、初訪問の2016年4月の、後日知った
次第です。事実ここは高台になっており、夜景を楽しめるようにベンチも置かれています。

 

左が、夕方に撮った、西方向の画像です。富津の工業地帯と港湾、東京湾越しに対岸の横浜の市街地、更
にその西側の富士山まで見えています。右画像は視野を広く取っていますがほぼ同じ方角にカメラを向け
ています。日中は東京湾越しの富士山、夜は京浜工業地帯の夜景が見事です。

旅客機の通過も、数珠繋がりと言っても大げさではない飛び方で、羽田・成田といった巨大な飛行場がある
ことも相まって、この付近の旅客機の過密な往来を実感させられます。



こちらは、小糸川付近、南寄りの視界で撮っています。

星景画像を撮るのには厳しい環境ですが、夜景を撮るのであればここは最高の場所と言えるでしょう。


日中であれば、人見神社の最寄りバス停(神門: ごうどまたは人見)までの路線バスがありますが、夜景
を見る場合には車が必須です。夜間の路線バスの往来はありません。


紅葉に彩られる木更津市の證誠寺


レンタカーの手配と宿の関係から、レンタカーを木更津市で借り、君津市の人見神社を訪れた後、君津
市内のホテルに宿泊、翌朝にレンタカーを返して、その後に少し時間があったため、もともと予定には
なかった證誠寺を訪れました。

人見神社からの夜景を見た後は、必ずしも君津市で宿泊する必要もなかったのですが、宿の手配の後に
レンタカーを借りられる場所を探し、筆者にはレンタカー手配の条件が木更津市の方が都合が良かった、
という事情がありました。



さて、證誠寺は『狸ばやし』の唄で知られているお寺です。筆者は、木更津市を訪れてから初めて、その
『狸ばやし』で有名な證誠寺が木更津の駅近くにあることを知り、次に再訪する機会もそう頻繁にない
と思い、車を返してから徒歩で訪れました。

時期が時期だけに、実に紅葉が見事でした。庭の手入れも良く行き届いていました。

 

正面に見える本堂への石畳み通路の、中ほど左手に入った場所に、『狸ばやし』の童謡碑が置かれて
います。

 

この門のような造りの屋根をくぐり抜ければ、童謡碑のある庭に出られます。

かつて、この付近が昼間でも薄暗い茂みになっていた時代、夜中に腹鼓を鳴らして踊る10数匹の狸たち
を見て、楽しくなったお寺の和尚が一緒に踊り、何日もその踊りを繰り返したところ、ある日ぱったり
狸が姿を見せなくなり、やぶの中にお腹を叩き破って死んでいることに気付いて、気の毒に思った和尚
さんがねんごろに狸の遺骸を葬った由。その伝説が、野口 雨情により童謡になって広く知られることに
なった、とお寺の説明書きに書かれています(作曲は中山 晋平)。



この様な、見事な紅葉も見られました。

因みに、この付近の狸をモデルとするシンボルのタヌキは「きさポン」と呼ばれているそうです。
神奈川県相模原市では「さがポン」、似たような命名で似たようなシンボルが存在している、と
言うことのようです。


木更津を訪れた際は、ぜひ寄ってみて下さい。




報告者: U.M(月光天文台)





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