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公益財団法人 国際文化交友会 月光天文台

JR東北本線・紫波中央駅の到着ホームの夜の様子。
トップページ > 見聞録 > 宮澤賢治ゆかりの地・岩手を訪ねる(2017.09.09-09.17)-その1
※トップ画像は、JR東北本線・紫波中央(しわちゅうおう)駅の夜のホーム外観。紫波中央駅は、花巻と
盛岡のほぼ中間に当たる。

宮澤賢治ゆかりの地(岩手県)を訪ねる-その1(2017.09.09-17)


筆者(U.M)はこれまでに、宮澤 賢治のゆかりの地の訪問記として岩手県遠野市宮守のめがね橋(JR釜石線)
と国立天文台・水沢の特別一般公開(2016.08.19-20)と賢治生誕120周年記念の花巻市内のライトアップ
(2016.10.23)、賢治の都内在住の地と親友・保阪 嘉内との決別の地となった国立国会図書館・国際子ども
図書館(当時は帝国図書館)の訪問(2017.07.31)を行なってきています。

宮澤 賢治の足跡を訪ね、賢治の主要な文芸作品成立に至った、地理的・風土的条件も可能であれば感じて
みたい、との思いから、20歳代にほぼ全作品を読破した時以来、筆者の心の奥底に醸成されていたものが、
20年以上の歳月を経て、忘れかかっていた文芸作品を原作とする映像作品を視聴、必要であれば原作だけ
でなく、賢治研究書も紐解き、関連のある場所への訪問も行なっています。

岩手県は当館職員の一人・Wの出身地でもありますが、静岡県からだとなかなか出向くのは距離的な制約も
あり、同時に複数の場所を訪れる必要性もあったので、生誕121周年といういささか半端な時期ですが、
1週間以上の滞在を伴う取材旅行の日程を組みました。


2017.09.09(移動日)

旅程初日は移動日です。9月9日(土)に、青春18きっぷを使ってののんびりとした旅程としました。朝の
7時くらいに出発すれば、片道であれば岩手県内には20時くらいまでには到着出来ます。

青春18きっぷで乗れるのは、一部の特例を除いて各駅停車と快速列車にのみ乗車可、いったん入鋏したら
払い戻しが受けられないという不利な点もありますが、上手に活用すれば非常に有益な旅にすることが出
来ます。筆者自身、1シーズンに2セット(1セット1人で5回分または5人で1回分)をほぼ使い切るという、
ヘビーユーザになっています。

今回は、青春18きっぷ夏期シーズン分の2回分を岩手遠征に合わせて残しておき、9日の移動行程と翌10日
の釜石往きに使う予定でいました(2017年夏期シーズンの有効期間は同年7月20日-9月10日まで、春・夏・
冬の3シーズンにそれぞれ発売される。仮に余っても、次のシーズンへの繰り越しは出来ない)。

東海道線は、2015年3月14日に上野-東京ラインとなり、黒磯駅(栃木県)まで直行で行けるようになって、
利便性が上がりました。



これは、黒磯駅での乗り換えです。ここから先へは、黒磯-郡山(福島県)、郡山-仙台(宮城県)、仙台-小牛
田(こごた: 宮城県)、小牛田-一ノ関(岩手県)、一ノ関-紫波中央と乗り継ぎます。

 

小牛田(こごた)駅のホームです。

実は、このディーゼル車は女川(おながわ)往き、つまり太平洋沿岸に出る列車でした。発車まで時間があ
り、気がつけて良かったと思います。



一ノ関駅の跨線橋から下り列車を見ます。この列車はそのまま、小牛田往き(つまり上り)に切り替わり
ます。

 

紫波中央駅に19:49に到着しました。JR東日本の管区内ですが、この辺りではSuiCaは使える場所が限ら
れており、ほとんど使う機会がありませんでした。右側は乗車券の自販機で、第3セクタのいわて銀河鉄道
(IGR)のそれと兼用となっています。

紫波中央駅の改札口は西側にあり、筆者が宿を取ったのは東側に1km余り離れた場所(紫波町日詰)でした
ので、少々歩きました。本野旅館というこひなびた旅館にお世話になり、翌日からの外出はここを拠点と
しました。


2017.09.10(伊能忠敬「測量之碑」「星座石」-釜石市唐丹)

9月10日のみ、宮澤 賢治とは関係のない行程です。釜石市唐丹と、大船渡市吉浜を釜石線経由・三陸南リア
ス線にて訪れます。

 

紫波中央駅を含めて、東北本線の多くの駅は無人駅であり、改札に入る際は切符の自販機があればそれ
で買い求め、或いは乗車整理券を乗車時に取って下車の際に車掌に切符を渡すか清算してもらうように
なります。筆者の居住地区である静岡県東部だと、東海道線根府川駅か、或いは御殿場線の各駅(御殿場
駅や松田駅を除く)がほぼ同じやり方です。

さほど戸惑うほどではなく、寒冷地ではドアも乗客が半自動の開閉操作をするやり方に慣れています。
SuiCaを使える場所があまりないのが不便ではありました。


釜石線は、花巻駅から出ている単線の地方線ですので、紫波中央からだと「上り」の列車に乗ることに
なります。東北新幹線で花巻を訪れた時は新花巻駅から「上り」となる花巻往き列車に乗ったものです。

今回は、東京から離れる方向に向かうので、「下り」に乗り換えです。

 

残念ながら、今回も日程的に釜石ドリームラインSL銀河には乗れません(全席予約制、毎年4-9月の土・休日
の運行)。しかし、ほぼ1年ぶりにここへと来れたのは嬉しいことでした。

JR釜石線は、宮澤 賢治の代表的作品『銀河鉄道の夜』をモデルとしていることが知られています。全駅の駅
名をエスペラント語で表記する駅名看板が設置されており、それも利用客を楽しませる小道具の1つとなって
います。

途中通過した、車窓から見えた外の様子です。

 

土沢-晴山駅間の田園風景です。水田が眼下に広がる地域ですが、右の画像ではススキのむこうにソバら
しき畑が広がっています。

 

JR釜石線・釜石駅に到着、入れ替わりでSL銀河が出発するところでした。

三陸南リアス線に乗り換え、唐丹駅に向かいます。



伊能忠敬の「測量之碑」「星石」は、最寄り駅である三陸南リアス線・唐丹駅から道のりにして2.7kmほど
の、県道249号線沿いのやや小高い位置に置かれています。

 

行き先を示す矢印を目当てに、土の坂や古いコンクリート製の階段を登った先にありました。

1801(寛政13・享和元)年に測量のため、三陸を訪れた伊能忠敬を記念して、その13年後の1814(文化11)年
に天文暦学者の葛西昌丕(まさひろ)がこの地に事績顕彰の碑「測量之碑」を建立したものです。
「星座石」には、北緯の度数を中心に、その周りに黄道12宮と12次と呼ばれる星座を交互に配した図案が刻
まれています。



「測量之碑」全体が左の画像です。

 

こちらが「星座石」です。石への刻み方が薄く、いずれ読み取りが困難になると予想されるため、副碑が
2001(平成13)年に設置されました(右)。

このような、江戸時代に行なわれた測量事業の顕彰碑が、江戸時代に建立された例は非常に珍しく、科学
史的にも重要なものです。

非常に重要な史跡ではあるのですが、アクセスにやや難があり、公共交通機関としてはコミュニティバス
くらいしかありません。しかも、コミュニティバスは多くの自治体でそうであるように、日曜日は走らな
いため、釜石駅近くのレンタカーを借りるか、タクシーを使う必要があります。帰りにタクシーを呼ぼう
としましたが、Softbank携帯は電波が圏外となり、桜峠の交差点(国道45号線と県道249号線が分岐する
場所)まで戻る必要がありました。



本郷町と「星座石」の入り口付近には、2011年3月11日発生の東日本大震災に伴う大津波を記憶するため
の「津波の碑」も置かれていました。

昼食は、桜峠にあるドライブイン「よしや」さんで済ませました。ありがたいことに、清算した後のタクシー
待ちの間、店内で待っていらっしゃい、と声をかけて戴き、唐丹駅に戻るために手配したタクシーが来るまで
涼しい店内に留まらせて戴