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伊勢佐木町モールの一角
トップページ > 見聞録 > 『天国と地獄』-黒澤明監督に敬意を表して(その9-1)

※トップ画像は横浜市中区伊勢佐木町の通りの一角。

横浜市中区伊勢佐木町-再度戻って来た竹内が権藤に素知らぬ顔で…

(その8より続き)

「…注射針を握ったまま、ショック死です!」-無電により、黄金町のドヤに連れ込まれた麻薬中毒の女
が、竹内によりモルモットにされると戸倉警部が危惧した通りの報告が入ります。

伊勢佐木町の駐車禁止の場所に路上駐車させた戸倉警部は、この報告を受け、表情を硬くします。その
刹那、通り過ぎる車のヘッドライトが戸倉警部の表情をくっきりと照らし出します。

捜査車両に同乗する中尾刑事(演:加藤 武)が後ろの座席から通りの様子を注意して見つめ、「ホシが来ま
す!」と戸倉警部に知らせます。


カメラはここでやや引いて、画面の右側より竹内がやってくる様子をとらえます。前回は共犯者の死を
確認できなかった--今回は念には念を入れて使う麻薬の効力を確かめられたため、タクシーのつかまえ
易い伊勢佐木町まで歩いて戻って来たのでしょう。

戸倉警部は「ホシを見つけた!暫く無電を切る!」と無電の交信相手である高橋刑事に告げます。


竹内 銀次郎に気づかれないように、停車中の捜査車両内で4人の刑事たちは出来る限り目立たないよう、
竹内の方を余り見過ぎないようにしつつ、息をひそめるようにして様子を窺います。


映画は、黒澤監督が時々演出の一環としてやることがある、セリフのない場面が続きます。『七人の侍』
(1954)で島田 勘兵衛が初登場する場面でも採られた様な、無声映画的な場面がしばらく続きます。


火のついた煙草を咥えながら何気なく周囲の様子を眺めている竹内、ふとその視線の先を確かめようと、
サングラスを上げて注視します。

竹内が注視している先に何があるのか、と捜査車両の中に留まる刑事たちも振り返ります。


忙しく通過する車両が走る交差点の先に、靴屋のショーウィンドウがありました。辻の靴屋といった感じ
でしょうか。遠目で少しわかりにくいですが、捜査の関係で何度も面談している捜査陣ならば間違えよう
のない人物、権藤 金吾(演:三船 敏郎)その人でした。たまたまこの付近に所用があり、その用事の帰りに
靴屋のショーケースを見つめていたのでしょう。「仕事が生き甲斐」と言った権藤らしい行動でした。




残念ながら現在の伊勢佐木町にショーウィンドウのある様な靴屋はないため、ABCマート(伊勢佐木町)の
店頭画像で代用させて戴きます。少々みっともないですが…。


権藤も煙草を吸っています。暑さから、スラックスの上はワイシャツ姿で、背広は脱いで左腕に掛けてい
ます。ガラス越しに靴を見つめ、ときには腰をかがめながらじっくりと品定めをしています。よその会社
製品を見て、研究しようとしているのでしょうか。

刑事たちが振り返ると、竹内はその様子を観察していました。やがて、竹内は煙草の煙をくゆらせながら、
ゆっくりと権藤の方に近づいていきます。



交差点を渡り、伊勢佐木町にある【A】のモニュメント付近まで来ると、暫く立ち止まり、煙草を地面に
捨てます。新しい煙草をポケットから取り出し、火を点けずに歩いて行き、素知らぬ顔で靴屋の店先にい
る権藤に近寄って、煙草の火を分けてくれ、と頼み込みます。

不意に見知らぬ(実態は権藤が知らないだけだが)男に背後から呼びかけられた権藤、集中力を切らされる
ような呼びかけにちょっといらついた様な表情を見せつつもスボンの右ポケットからライターを取り出し、
若い男の煙草に火を付けてやります。

竹内は、煙草に火を付けてもらったことに頭を下げて一礼します。

権藤は、周囲を何気なく見回すと、通りの奥の方へと(画面では左側)歩いて去っていきます。竹内は、権藤
の後を2-3歩空けて着いていき、曲がり角に来たところで立ち止まり、権藤がその場から立ち去るのを見送
ります。



竹内の、伊勢佐木町に現われてからの一連の行動を監視していた戸倉警部は、「本当にあいつは正真正銘
のチクショウだ!」と怒り心頭です。

「さあ行け!腰越だ!」と荒井刑事に呼びかけると同時に、白バイ警官が捜査車両と知らずに近づいてき
て、「もしもし!ここは…!」と言いかけるも、戸倉警部と気がつくと敬礼して、去っていきます。

捜査車両は、腰越へと向かうべく発進します。

一方、竹内は伊勢佐木町の辻でタクシーをつかまえようとしますが、通り過ぎるタクシーの多くが先客の
乗っている状態でなかなかつかまえられません。


腰越へと向かう車両の中で、刑事たちは始終無言でした。トンネルの中を通過していく際の、トンネルの
照明の反射が後方へと過ぎ去っていく様子がカメラにとらえられています。


************************

鎌倉市腰越-別荘に現われた竹内…犯人逮捕へ

腰越の別荘の場面へと切り替わります。

深夜ラジオから流れる男性アナウンサーの声が、「0時15分になります」と時刻を告げています。

腰越の別荘の中からは、蚊帳越しに部屋の明かりの光が洩れています。続いて、女性アナウンサーの声が
「ミッドナイト ミュージック」と番組名を告げ、その背景に『オー・ソーレ・ミオ』の陽気な旋律が流れ
てきます。

中にいる別荘番が、竹内の到着を待ってラジオ番組をかけている…、そういう雰囲気が見えてきます。



別荘の敷地の、柵越しには海面が月明かりに照らされる様子が見えています。穏やかに波打つ静かな海
です。柵の内側には、カンナの花が大量に咲き乱れています。

花壇のカンナの花を手で押しのけ、到着した竹内が顔をのぞかせて周囲を窺います。サングラスをかけ
たまま花を押しのけて姿を現す様子は昆虫のようです。


しかし、用心深いようでいて意外な部分ではあまり深く考えが至らないというアンバランスな感覚は、
竹内自身ついに最後まで気が付かなかったことが、この場面でも鑑賞者には伝わってくるかのようです。



夜風が吹いて来て、花壇の花を揺らします。

暫く周囲の様子を窺ってから、花壇の中から別荘へと近寄っていき、壁沿いに少し歩くと、煙草をもう
一吸いしてから、テラスの柱にこすりつけて煙草の火を消します。背後には、雨戸にテラスの日よけの
隙間から洩れる月光が幾条もの斜めの影を落としています。映像的にも、素晴らしい演出です。



煙草の火を念入りに消した後、竹内はラジオの音楽が流れてくる方へと歩を進めます。手に持っている、
麻薬の包みを再度確かめると歩きながらサングラスを外して、中にいるはずの共犯者に声を掛けます--
「おい、ヤクを持って来たぞ」。

この呼び掛けに応じて姿を現したのは…むろん、共犯者ではありません。

勢いよく雨戸が開き、現われたのはピストルを手にした荒井刑事と、戸倉警部でした。竹内は心底驚き、
一瞬体が硬直してその場に立ち尽くします。追い打ちをかけるように戸倉警部が叫びます-「竹内!これ
で貴様は死刑だ!」

犯人逮捕に執念を燃やし続けてきた戸倉警部ら神奈川県警捜査班員たちの、まさに憤怒の一言でした。

暫くその場に留まるも、竹内は身を翻して逃走を図ろうとします。

しかし、逃げようとした先から、中尾刑事と田口刑事が現われ、竹内の行く手を阻みます。荒井刑事と
戸倉警部にも挟み撃ちされ、逃げ場を失った竹内、別荘の雨戸に寄り掛かり、絶望的な表情を見せると、
発作的に手の中にある麻薬の包みを呑みこもうと最後の抵抗を試みます。自害しようという魂胆ですが、
4人の刑事たちはそれを許さず、包みを持っている左手を押さえつけ、続いて手錠を掛けます。

竹内は手錠を掛けられてついに観念します。竹内の手の中にあった麻薬の包みは、力尽きると同時に手
の中から滑り落ちていきます。




このページに掲げた画像のうちの3枚は、映画でしばしば使われるテクニックに共通すると思われる、
露出を抑えて夜間に撮ったかのように見せる撮り方で撮ったものです。2016年4月25日、実際の鎌
倉市腰越の海岸付近で撮影しました。画像に入っている時刻は実際に撮った時刻です。




ついに犯人逮捕へ!横浜市西区浅間台誘拐事件はこれで解決となりました。

犯人が権藤からせしめた身代金の残りも、これで権藤へと返されることになります。しかし、権藤の
問題がこれで解決することはありませんでした。


(次ページに続く)



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(参考文献は全て最終ページに)





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