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中原街道(川崎‐横浜市街)の道路標示板。
トップページ > 見聞録 > 『天国と地獄』-黒澤明監督に敬意を表して(その6-1)

※トップ画像は、神奈川県川崎市/横浜市境付近の県道2号線「中原街道」を示す道路標示板。

中原街道綱島付近-横浜市港北区綱島(犯人が乗り捨てた乗用車の発見場所)

「その5」の終わり部分で取り上げた、犯人が乗り捨てたと見られる盗難車‐灰色のトヨペットクラウン
59年型の発見の報が捜査第3課よりもたらされ、戸倉警部と田口刑事が「綱島付近の中原街道」に向か
います。ヤジ馬が規制線ぎりぎりの場所まで来て、夜間の警察による捜査の様子を見守っています。
投光器で周囲が照らされる中、時折、鑑識課員がカメラで撮る際のフラッシュがまばゆく光ります。

捜査第1課より連絡を受け、現場に来て検分を行なっている鑑識の係員(演:加藤 和夫)が、車の外観を
ざっと見た印象を戸倉警部に話しかけます。

「このところ雨なんか降らないのに、どうしてこんな跡がついたんでしょうねぇ…?これは水を跳ね
返した跡に、埃が付着して出来たものですよ」



上に掲げる画像は、劇中に出てくる同型車、トヨペットクラウン(RS20型-1959年製)です。当時のトヨ
ペットの車は、前側座席と後部座席側のドアが観音開きに開く形式になっており、この車体もその方式
になっていました。この車両の、前側のフェンダー付近から後部座席ドア付近にまで大量の埃が付着し、
大量の水を撥ね上げない限りこの様になることはないことを、鑑識係がいぶかっている、という訳です。
ここのところ雨が降らないのに…、というのは、撥ね上げて水しぶきが派手に車体側面に付くほどの水溜
りを、犯人が走らせた、ということを推定させるものでした。

※2016.04.13の追記…トヨタ博物館に再訪、補充撮影を行ないました。映画の視点に近い画像を2点追
加します。



この様に、トヨタクラウンのフロント側がアップで映し出されて…。



フェンダー付近に視点移動します。映画では、ここに水たまりを撥ねて出来た、びっしりと付着した汚れ
が映し出されていた、という訳です。

この車両は、愛知県長久手市のトヨタ博物館に動態保存されているもので、当時はタクシーにも使われて
おり、展示車両はタクシー仕様となっています。


この車両が見つかったとされる、劇中では「綱島付近の中原街道」とされる場所は、正確には特定できて
いません。

地図では、この様になります。






その付近と思しき場所の画像が上の画像です。鶴見川北岸側の県道2号線、東急東横線綱島駅より南側
250mほどの距離の、大綱橋付近に位置します。

この背後側(鶴見川沿い)を振り返ると、この様になっています。



東急東横線の列車が鉄橋を通過しています。


さて、この場面で犯人が乗り捨てたトヨペットクラウン59年型の車両が発見された場所とされる中原
街道について述べます。

この中原街道とはかなり古くから存在し、江戸時代には既に中原街道と呼ばれていたようです。それが
時代を経て自動車道として整備され、現在の様な状態になったと言えるでしょう。
正式名称は「東京都道2号線東京丸子横浜線」「神奈川県道2号東京丸子横浜線(の一部)」「神奈川県道
45号丸子中山茅ヶ崎線」であり、東京都五反田駅前を起点とし、丸子橋を経て神奈川県川崎市に入り、
このページトップの画像にある道路標示看板で見られるように、丸子橋交差点で分岐、県道45号線が中
原街道として茅ヶ崎市東海岸1丁目(東海岸交差点)で国道134号線に合流、終点となります。
一方、都道2号線は丸子橋交差点で分岐して県道2号線「綱島街道」と名を変え、横浜市神奈川区浦島丘
(浦島丘交差点)で終点となります。この、丸子橋交差点が綱島街道の起点ともなっています。



ここが、神奈川県道2号線「綱島街道」の起点です。

「綱島付近の中原街道」とされる場所を特定できないのは、映像でヒントになる様な前景・背景が映って
いないことや、中原街道は実際のところ綱島付近を通過せず、正確には「綱島付近の綱島街道」と表現
されるべきところを、そういう表現になっておらず、結果的に場所の特定がほぼ不可能になっている部
分もあります。


戸倉警部と田口刑事は、鑑識係員の説明に、やはり不思議そうに車体に大量にこびりついた汚れを見いっ
ています。

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場面はここで、警察署内での泊り込みの様子に切り替わります。

荒井刑事(演: 木村 功)がテープレコーダをヘッドフォンを耳にあてた状態で再生、犯人とのやり取りに
手掛かりがないかとタバコを吸いながら耳に神経を集中させます。背後には、将棋を指している者、椅
子に寄り掛かって休んでいる者、暑さの中に少しでも涼を取ろうとランニング姿で腰掛けている者など
が映っています。やはり、先ほどまで少しでも涼しくなるように、としていたのでしょう。湯飲みや、
スイカを食べた後の残り、食べ終わった後のざるそばの蒸籠(せいろ)等が手前の卓上に雑然と置かれて
います。

録音を再生させている荒井刑事の表情が、とたんに変わります。"これはなんだ?"と言う表情で身を起
こし、テープレコーダを巻き戻し、前にのめり込むような姿勢で録音を聴き直します。

"やはり何かありそうだ"という表情を荒井刑事が見せると、「これはなんだ?」と呟いて再びレコーダを
巻き戻しします。

荒井刑事の呟きに、椅子に座って休んでいた中尾刑事が反応、「どうしたんだ、一体?」と身を起こし、
荒井刑事のいる場所に近づきます。

「おい、みんなちょっとこれを聴いてくれ」と、荒井刑事は同じ部屋にいる泊り込みの刑事たちに声を掛
けます。テープレコーダを取り囲むように、刑事たちが集まって、レコーダで再生される権藤と犯人と
のやり取りに耳を傾けます。


権藤:もしもし。権藤ですが。
電話の男: 子供は元気だ。今声を聴かしてやる!
(電車が通過するときの背景音が犯人と進一の声に重なる)
進一(電話): お父ちゃん!お父ちゃんいる?!
青木: 進一!進一!
進一(電話): お父…!
電話の男: おい。この子を生かすも殺すも…


荒井刑事: 聴いたか?電車の音だぞ。


もう一度、荒井刑事はテープレコーダを巻き戻して再生します。


電話の男: …を聴かしてやる!(電車通過時の背景音が重なる)
進一(電話): お父ちゃん!お父ちゃんいる?!
青木: 進一!進一!
進一(電話): お父…!
電話の男: おい。この子を生かすも殺すもあなた次第だ。


荒井刑事: (同意を求めるように)な?
中尾刑事: (先を促して)それで?
荒井刑事: 子供が監禁されていた家の近くを、電車が通っている。逗子・藤沢・茅ヶ崎・鎌倉を通っている
電車は、国電・小田急・江ノ電の3つだ。(首にかけていたヘッドフォンを傍らにいる刑事に有無を言わさ
ず手渡す)…この電車の音は、なんだか特徴がある、専門家に聞かせりゃ、どこの電車か分かるはずだ!


ここまで言うが早いか、荒井刑事は椅子から立ち上がるとレコーダの上ブタを閉じ、「ちょっと行って
くる!」とレコーダを肩から提げて"専門家"に聴かせるべく部屋から出ていきます。


この当時のレコーダはオープンリール式が主流で、家庭にも普及したカセット式テープレコーダは1960
年代のカートリッジ式テープの実用化により市場供給が始まったのですが、実質的には1970年代以降に
一般家庭に行き渡っていったように記憶しています。業務用は無論、オープンリール式が主流でした。


荒井刑事は、国鉄の横浜駅に向かったようです。場面は、職員詰所にワイプで切り替わります。
電車音の確認に応えたのは、沢村いき雄(1905.09.04-1975.09.20)演ずる乗務員でした。


荒井刑事: 江ノ電?
乗務員: (ざるそばのつゆを入れた容器を手にしたまま)ええ。
荒井刑事: 確かに、江ノ島電車ですか?
乗務員: 間違いありませんよ。あたしゃね、あの沿線に住んでいるんだから良く知ってるんですよ。
…あ、あのね、シュシュシュシュシュ…あれはね、パンタグラフの音じゃないすよ。あれはね、旧式の
ポールが架線にググーッとこうね、擦れて出る音なんすよ。今時ね、このね、ポールで走っているのは
江ノ電ぐらいのもんでさ。アハハハハハ!(他の職員たちも、ここで一斉に笑い出す)。


荒井刑事、尋ねた乗務員の説明をここまで聴くと手にしているハンカチをズボンのポケットに戻し、急
いでテープレコーダをしまって"これだけ分かれば充分だ"と帰り支度に取り掛かりだします。
一方、乗務員の方は自分の話に夢中になり、江ノ電の電車の特徴を更に得意になって解説し続けます。


乗務員: それで江ノ電はね、カーブが多くてね、で、短いレールを使ってるもんだから継ぎ目が多くてね、
しかもね、車輪の間隔が短いでしょ?(割りばしで円を描きながら)だから「ガーガタン、ガーガタン」
なんて言わねえ、「ガタゴトン!ガタゴトン!ガタゴトン!ガタゴトン!…」
荒井刑事: どうも、ありがとう!
乗務員: (拍子抜けしたように)はい。


荒井刑事はテープレコーダを小脇に抱えて素早く職員詰所から退出していきます。


犯人のアジト、恐らく進一少年が監禁された家のある範囲は逗子・藤沢・茅ヶ崎・鎌倉の海岸地帯から、江
ノ電沿線にまで絞られました。つまり、江ノ電が走っている藤沢‐鎌倉間に限定され、逗子・茅ヶ崎は除外
されることになります。

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場面は再び切り替わり、田口刑事と荒井刑事が権藤邸に向かう場面となります。捜査会議で戸倉警部より
指示のあった、進一少年を連れてドライブに出かける為です。玄関先で、伶子が2人の刑事の訪問に対応
します。


玄関に、権藤夫人の伶子が洋装で現われ、一礼して田口・荒井両刑事を迎えます。


田口刑事: 青木さんにお会いしたいんですが。
伶子: 青木は出ておりますが。
田口刑事: (扇子を扇ぎながら)ご主人を送って会社ですか?
伶子: (沈んだ表情で俯きながら)…いいえ。


田口刑事、扇子を扇ぐ手を止め、荒井刑事と目を見合わせます。何かまずいことがあったのか、とお互いに
察したようです。


田口刑事: で、どこへ?
伶子: 進ちゃんを乗せて車で出て行きましたわ。何か進ちゃんに色々思い出させて、犯人を捕まえるお手伝い
をするんだとか申しまして。


田口刑事は伶子の説明に自身の坊主頭に困惑の表情で手をやり、荒井刑事は"なんてことを!"と言わんばかり
で伶子に詰め寄るかのように近づき、困惑したまま振り返って田口刑事と再び視線を合わせます。





荒井刑事が先にドアを開けて玄関先に出て、続いて田口刑事が小脇に上着を抱えた状態で権藤邸を退出
してきます。2人とも浮かぬ顔つきです。無理もありません。捜査は警察官である自分たちの本分だから
です。

ドアを閉じると、荒井刑事は「しょうがねぇなぁ、余計なことしやがって!」と不満を口にします。田口
刑事は嗜めるように応えます。「まあそう言うな。あの男にしてみたら、じっとしちゃいられないのさ」

玄関先に止めた車に彼らが乗り込もうと歩を進めると、ガソリンエンジンの軽快な音が聞こえてきます。
何気なく刑事たち、そちらを振り向くと、権藤金吾その人が、たくましい体つきで芝刈り機を動かし、
自ら庭の芝を刈っています。汗だくで、黙々と…。

本来であれば、ナショナル=シューズに出社、重役としての業務に携わっているハズの時間帯です。青木
が権藤を会社に送らず、進一を乗せて社用車で犯人のアジトの探索に出かけたとの伶子の説明と併せて、
2人の刑事が全てを理解する場面です。

田口・荒井の両刑事は権藤にかける言葉も見当たらず、また権藤にしても恐らく話し掛けられたいとは思わ
ないだろう、と乗りかけていた自分たちの車(トヨペット クラウンRS-55年型)に乗り込み、その場を後に
します。



この上に掲げたのは、やはりトヨタ博物館(愛知県長久手市)に展示されている動態保存のトヨペットクラ
ウンRSの同型車(1955年)です。劇中に出てくる車両と同じ型で車体色も同じでした。


場面は切り替わり、進一が解放され、保護された小田原市鴨宮の酒匂川に移動します。進一を乗せた青木の
運転する社用車が停められている場所です。



(次ページに続く)



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(参考文献は全て最終ページに)








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