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東海道線を走る特急『こだま』(大宮市の鉄道博物館展示パネルより)
トップページ > 見聞録 > 『天国と地獄』-黒澤明監督に敬意を表して(その3-1)
(トップ画像は埼玉県大宮市の鉄道博物館展示パネル)

*以下の画像も、とくに断りがない限り鉄道博物館に静態保存されている特急車両(181系『とき』)の
画像を使用しております。


特急第2『こだま』(国鉄/東海道線)-神奈川小田原市(鴨宮駅~酒匂川鉄橋付近)

場面は権藤邸(神奈川県横浜市西区浅間台)から一転して、東海道線を特急第2『こだま』が警笛を鳴らし
ながら疾駆する場面へと切り変わります。


特急『こだま』は、国鉄(Japan National Railways…JNR)時代に東海道線の東京-大阪間を繋いだ、在来
線を走る当時最速の列車でした。モハ20系(151系)運行を反映させたダイヤ改正は1958(昭和33)年10月
1日からで、同10月中に実際のダイヤと同じ試運転を行ない、乗務員訓練を兼ねた不具合抽出と対策を実
施、11月1日より特急『こだま』の営業運転開始、東京-大阪間を6時間30分で繋ぎ、文字通り東京から大
阪への日帰りを実現させた列車でした。
営業開始時は1日2往復が運行され、「ビジネス特急」として人気を博した列車です。電動圧縮機や空気圧
縮機といった大型で振動が大きな機材を乗せるため、客車への影響を低減させるために先頭車両に大きな
ボンネットがあり、これが151系の先頭車両を特徴づけています。

1958年11月1日の特急『こだま』運行開始を祝うテープカットをしたのは、東海道新幹線の実現に尽力し
たことでも知られる十河 信二・国鉄総裁(1884.04.14-1981.10.03/愛媛県西条市名誉市民第一号)でした。

東海道線では、特急『こだま』は新幹線の営業開始となる1964年10月1日に『こだま』の運用が終了、後
に山岳対応の161系が運用開始となり、151系と161系を統合・共通化するための改造を経て181系となり、
1982年11月14日、最後の181系車両(特急『とき』)の営業運用が終了します。
東海道線を走る特急としての151系は6年間、その改造車両である181系としては24年間ほどの営業運行が
続けられていたことになります。

特急第2『こだま』とは、2往復目の『こだま』という意味でしょう。




この場面を動画でとらえたのは、黒澤 明監督から絶大な信頼を得ていた斎藤 孝雄カメラマンでした。物陰
から突然現れて飛び出してくるような映像を撮ってくれ、という黒澤監督の注文に応えるべく、人家が比較
的まばらだった神奈川県藤沢市郊外の工場の屋上を借り、カメラに500mmの望遠レンズを取り付けて列車
の通過を待ちました。この時に撮られたのは、実際に乗客を乗せて走っている(映画収録用の貸切ではない)
特急第2『こだま』です。

14時30分東京発の『こだま』が斎藤カメラマンの待つ場所を通過するのは40分後。500mmの望遠レンズ
ではフレームに入るのは僅か一瞬です。『こだま』の先頭車両だけがフレームに収まる、非常に難しい撮影
であったようです。

ラッシュを見た黒澤監督は「うん、これで良いよ」と一発OK!事務的であっさりとした答えでしたが、信頼す
る斎藤カメラマンだからこその一発OKなのでしょう。これに、4トラックの列車通過時の音声を入れ、大変
迫力のある場面となりました。


視点は、疾駆する『こだま』の外部から、『こだま』の客車内部へと切り替わります。画面の左側には誘拐犯
から指示のあった身代金・3000万円が入っている皮鞄を持つ権藤(2席シートの通路側に着席)、右側奥に戸倉
警部と田口刑事(ボースン)が座り、それとなく客車内の様子をうかがいながら時々権藤の方に視線を移してい
ます。車両中ほど、やはり右側の席には、恐らく遅くまで千円札の番号を控えていた荒井刑事が窓側でうたた
寝している様子も見えています。客車内は、ほぼ満席状態です。




映画での、客車内に視点が変わった直後の画面構成に一番近い画像を掲げました。この1つ奥の、左側
通路よりの座席に、権藤が座っていました。この車両は一等車両で大阪側より5両目(『こだま』は機関
車を兼ねた先頭車両が更にグレードの高い特等で、2-5両目が一等車、6両目が食堂、7両目がビュッフェ
で8-12両目までが2等車)に当たります。


捜査員たちは全員、他の乗客たちに紛れ込んで目立たないように、背広姿で乗車しています。
田口刑事は手にしていた新聞を網棚に乗せるために立ち上がり、再び着席します。戸倉警部と田口刑事
が、権藤の様子を見つめながら言葉を交わします。


戸倉警部: (権藤の方に顎をしゃくりながら)ものすごい人だな、あの人は…。
田口刑事: 貧乏育ちのせいか、どうも大金持ちは虫が好かん。最初は嫌な野郎だと思っていたんですがね。

多少、田口刑事の言い分には同感する部分があったようで、戸倉警部は少し微笑を見せています。




この場面での、戸倉警部と田口刑事が座っていた場面に近い視点の画像がこちらです(荒井刑事が着席し
た座席もほぼ同じ様子だった)。


そこへ、後方から扉を開けて中尾刑事が入ってきます。

戸倉警部らが座っている座席付近で足を躓いたようにして、「や、これは失礼」と中尾刑事は他人を装い、
そのわずかな瞬間に折り畳んだメモを戸倉警部に渡します。

そのメモの内容をさりげなく確認した戸倉警部は、田口刑事にそれを手渡します。

「子供は乗っていない」--メモにはこの様に書かれています。


「その2」で取り上げているように、誘拐犯人は異常なほどに権藤に対して執念を燃やしていながらも
非常に頭の回転が速く、逃げ場のない列車内で身代金を引き替えにするほどの間抜けとも思えず、ある
意味これは予想どおりでした。戸倉警部らもそれは百も承知、念のために確認をしたに過ぎません。
そもそも、子供を連れた誘拐犯が特急『こだま』に乗り込めば、乗車券と特急券を手配しなくてはなら
ず、当然ながら改札も通過しなくてはならないので、その時点で露見する危険性もあります。つまり、
特急に子供を連れて乗り込む時点で誘拐犯にとっては既に大きなハードルとなっているということが言
えるわけです。


田口刑事は背広のポケットにそのメモをしまい込みます。




その時の一場面が、東宝の『天国と地獄』DVDパッケージ画像に使われています。


『こだま』車両内の子供の有無を確認してきた中尾刑事は、居眠りをしている荒井刑事の隣の空席に腰を
降ろし、荒井刑事に肩をぶつけてゆり起します--慰安旅行じゃないんだぜ。

これに荒井刑事は重い瞼を開け、目頭をこすって座り直しますが、眠気が再び襲ってきて、窓際に置いた
腕の中に顔を沈めるように再び居眠りしそうになります。

窓枠には、飲みかけの清涼飲料水のガラス瓶が置かれています。恐らくチェリオのオレンジジュースの瓶
でしょう。

そこへ、車内アナウンスを知らせる呼び出し音が鳴り響きます。


--電話室より、お呼び出し致します。ナショナル=シューズの権藤 金吾さま、権藤 金吾さま。お電話です
ので、ビュッフェの電話室までお越し下さいませ。


荒井刑事はこれで眠気がいっぺんに吹き飛びます。権藤もこれに反応し、アナウンスが終わると同時に席
から立ち上がり、『こだま』の後部車両へと向かいます。他の捜査員たちも、「誘拐犯からだ」と察して
一斉に緊張の表情を見せます。

権藤は、同じ客車の後部に座っている戸倉警部らの方に合図をするかのように軽く視線をやり、再び視線を
戻してビュッフェの方へ移動していきます。

権藤を見送った戸倉警部らは、一旦向き直り、言葉を交わします。


戸倉警部: ホシからだな。
田口刑事: どうします?
戸倉警部: 次の停車駅は熱海だが、まさかそこで?…(田口刑事の肩を叩いて)ま、コーヒーでも飲んでこい。


田口刑事は通路側にいる戸倉警部の前をまたいで通路に出ると、彼もビュッフェに向かいます。


ビュッフェのレストランには、先客が数名います。権藤はビュッフェに入るとまず右側の電話室の方に向かっ
て「権藤だ」と告げ、振り返って左側の電話室の中に入ります。

権藤が電話室に入った直後に田口刑事がビュッフェに入ってきて、コックに「コーヒーだ」と、注文します。
そして、電話室の壁に寄り掛かりながら、権藤が電話をする様子を見守ります。

ここで権藤と誘拐犯とのやり取りに切り替わります。


権藤: (窓から外の様子を確認して)今、国府津の駅を通過したところだ!
電話の男: よし、ピッタリだ!
権藤: あ?
電話の男: 良いか、あと2-3分で酒匂川の鉄橋にかかる(権藤、腕時計で時刻を確かめる)。子供はその鉄橋の
たもとで見せる。


田口刑事は、このやり取りがなされているすぐそばで、出されたコーヒーを手に権藤の様子をそれとなく窺っ
ています。
少し遅れて戸倉警部もビュッフェにやってきて、物腰柔らかく「コーヒー」とコックに注文します。

電話を終えた権藤は電話室から出ると前後を振り返り、意を決した表情で更に後部車両へと歩いていきます。

戸倉警部は田口刑事に頷いて合図をし、コーヒーのことは捨ておいて権藤の歩いていった方向へ向かっていき
ます。田口刑事も、飲みかけのコーヒーカップを返し、代金を払って後に続きます。コックはどうなっている
のか全く分からず、戸惑った表情で二人が向かっていく先を見つめています。


ビュッフェの1つ東京より(つまり後部側)の車両に入ると、権藤はその状況と誘拐犯からの指示を説明します。


権藤: 子供は酒匂川の鉄橋のたもとで見せる、子供を見たら鉄橋を渡り切ったところで鞄を投げろと言うんだ。
田口: しかし、特急の窓は開きませんよ!
権藤: ところが洗面所の窓は7cm開くと言うんだ!(洗面所の中に入る)
田口: (洗面所の窓を開けて)チクショウ!それで7cmか!…次は熱海まで止まらない。その間に、ホシは悠々
とズラかる!
戸倉: (怒り心頭に発して)チクショウ…!考えやがったな。正真正銘のチクショウだ!ホシを挙げるのが目的
なら非常停車という手もあるが、それじゃ子供が危ない。
田口: (洗面所から出ながら)しかし…!
戸倉: よおし、あいつに引きずりまわされるのも恐らくこれが最後だ。それよりボースン、ホシは一人じゃない、
共犯が少なくとも二人、子供を見せるやつ、金を拾うやつ、しかもそいつらはこの目で見れる。(権藤に向かっ
て)子供はどっち側にいると言いましたか?
権藤: 進行方向に向かって左側!
戸倉: すると、この窓で良いんですね、鞄を投げるのは?
権藤: そうです!2等車の洗面所の窓と言っていた。
戸倉: じゃ、良いなボースン?私と権藤さんはここで子供を確認する。君たちは手分けして捜査資料を集めろ!
一人は左側の窓から写真を撮れ。あとの二人は先頭の機関車の窓と最後尾の機関車の窓から8mmを回すんだ!


田口刑事は戸倉警部の指示に従い、5両目に引き返し、荒井・中尾の両刑事にも指示を伝達しに行きます。


戸倉: もうすぐ鉄橋です。良いですか権藤さん、子供の顔を良く見て下さい。私は子供の顔は写真でしか知ら
ない、替え玉ということも考えられますからね!
権藤: 大丈夫だ!オレの命と引き換えるんだ、間違えるもんか!

権藤と戸倉警部は、洗面所の決して大きくはない窓から、進行方向に向かって子供が見えてくる方向を必死で
見つめます。

一方、戸倉警部からの指示を受けた中尾刑事は8mmカメラを手に『こだま』の車内を駆けていき、後部機関車
に向かいます。田口刑事はやはり8mmカメラを携えて先頭車両に向かい、『こだま』の車掌の案内で先頭機関
部の運転席付近に陣取って共犯者の姿をとらえる準備を整えます。



(次ページに続く)



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