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『天国と地獄』-DVDパッケージ(東宝・特別版)と解説書、パンフレット
トップページ > 見聞録 > 『天国と地獄』-黒澤明監督に敬意を表して(その1-1)

黒澤 明監督(1910.03.23-1998.09.06)のモノクロ作品のジャンルはかなり多岐にわたっており、
なおかつそのほとんどが傑作と言ってよい優れた作品が多いことに、今さらながら驚きを隠せず、
なおかつ感動を新たにさせられています。

『七人の侍』(1954)のほかには、『用心棒』(1961)・『椿三十郎』(1962)という、時代劇の優
れた映画があり、現代劇としても戦地で医療活動に携わっていた際に梅毒にかかり、婚約者に自身
との結婚を諦めさせるという若い医師の苦悩を描いた『静かなる決闘』(1949)、戦後の日本で起
きた疑獄事件にヒントを得て、黒幕である権力者の罪を被って自殺した父の、復讐に燃えて非業の
死を遂げた男の物語である『悪い奴ほどよく眠る』(1960)など、人間ドラマやミステリー的要素
の濃い映画でも、観客を飽きさせない作り方をしていました。

今回取り上げる『天国と地獄』は、エド=マクベイン原作の『キングの身代金』(87分署シリーズ・
原題: King's Ransom、邦訳版はハヤカワ文庫所収)を下敷きに、犯人役をよりインテリかつ凶悪
に描き、身代金を要求された製靴会社重役はより深く苦悩、会社からも役職を解任されるという筋
に変えられ、映画の後半では警察がその威信をかけ、知力を尽くして執念の捜査を行ない、犯人を
追い詰めていく場面が展開されます。

ロケ地は、製靴会社の重役たちとのやり取りが中心である前半部分においては横浜市とその周辺が
中心となり、後半では劇中の警察の捜査範囲から東京都内~神奈川県小田原市にまで及んでいます。

ご堪能戴ければ幸いです。

黒澤 明監督作品に多数出演した俳優・加藤 武氏を悼む

本筋の解説とロケ地訪問の紹介に入る前に、俳優の加藤 武氏の逝去について触れなくてはなりま
せん。

加藤 武(1929.05.24-2015.07.31)氏の黒澤 明監督作品初出演は、『七人の侍』(1954)にまで
遡ります。『七人の侍』では、町を歩く侍としてノンクレジットで出演しています。東京府東京市
京橋区(当時)の出身、早稲田大学英文科卒で、当初は中学校の英語教師をしていましたが、演劇の
夢を諦めきれず、1952年に文学座研究所に入ります。早大の同級生の北村 和夫や文学座の看板女
優の杉村 春子に演技を叩き込まれ、落語家・桂米朝や作家・都筑 道夫らとともに歌舞伎と芸の
いろはを学んでいます(正式な文学座の入座は1959年)。

『隠し砦の三悪人』(1958)では血まみれの落ち武者として映画の冒頭で山名方の騎馬武者に槍で
突かれて死ぬ役を演じ、倒れて地面に横たわっていたら馬に頭を蹴られるという、あわや事故寸前
と収録スタッフが肝を冷やすようなエピソードもありました。

『隠し砦の三悪人』(その1-1)

セリフのある役としては、『悪い奴ほどよく眠る』(1960)で父の復讐のために公団副総裁・岩淵の
家庭に入り込んだ秘書の西 幸一(演:三船 敏郎)の友人・板倉が最初でした。
黒澤作品の出演は『天国と地獄』(1963)のあと暫く空き、『乱』(1985)が最後で計8本です。

1974-1980年まで芸能座を発足し、活動していましたがその解散に伴って文学座に復帰しています。
最終的には、文学座の座長として演劇を続け、後進の育成を見守る立場にありました。

東宝の他の映画では石坂 浩二の金田一 耕助シリーズ(1976-2006)で粉薬を手に「よし、分かった!」
と手を叩いて早合点を繰り返す警察幹部(橘・立花・等々力など役名は出演作ごとに異なるが)などで
も人気を博しています。

映画では『モノクロームの少女』(2009)、TVでは2014年まで出演、ラジオのパーソナリティやアニ
メ・海外劇の吹き替え、俳句を詠む(俳号は「阿吽」)などと多彩にこなしていました。

2015年7月31日、スポーツジムのサウナを利用している際に体調不良を訴え、搬送先の病院で亡く
なりました(満86歳没)。

主演予定だった舞台『すててこてこてこ』は坂部 文昭が代役を務め、「加藤 武追悼公演」として公演
が行なわれることになっています。

加藤 武氏の生前のご活躍に敬意を払うとともに、心より哀悼を述べる次第です。

(以降、本文中では原則として出演者は敬称略とします)


権藤 金吾邸-神奈川県横浜市西区浅間台/東京都世田谷区砧(東宝スタジオ)



この画像は、東宝スタジオ(東京都世田谷区砧)の入り口付近を撮ったものです。


物語の冒頭は、横浜の港街や繁華街の様子が見える大きな窓を前にして立ち上がる権藤 金吾(演:三船
敏郎)がシルエット状に映し出され、権藤が歩いて窓の反対側の部屋の出入り口にある室内灯のスイッ
チをオンにし、そこへウィスキーのオンザロック用のアイスバケットを持った権藤の右腕・河西(演:
三橋 達也)が入ってくる場面から始まります。

この映画の始まる部分は、まるで日が暮れて室内が暗くなり、一人で過ごしていた権藤がおもむろに
電灯を点けたかのような印象を与えています。河西が室内に入り、続いて権藤邸の広い室内(応接間)
にカメラがパンし、彼が重役を務める製靴会社・ナショナルシューズの重役ら3人が腰かけている様子
が映し出されることで、権藤が一人室内で暗くなるまで過ごしていた訳ではないことに気づかされ
ます。

黒澤 明監督の、映像演出の妙、ともいうべき場面です。筆者自身、この展開には少し驚かされ、長く
印象に残った場面でした。

応接間の椅子に腰かけていたナショナルシューズの重役は、映像の左側よりデザイン担当・石丸(演:
中村 伸郎)、営業担当専務・馬場(演:伊藤 雄之助)、宣伝担当・神谷(演:田崎 潤)です。

「それで、結局今日の話っていうのは何だね?」--おもむろに権藤が口を開きます。話し合いがこれ
まで続き、その話の内容にはさっぱり要領を得なかったらしいこと、権藤の右腕の河西が気を利かせ
てオンザロックを重役らに差し入れしようとアイスバケットを運び入れたらしいことが伺えます。

「ねえ君…。我がナショナルシューズは営利事業だ、商売なんだぜ」営業担当専務の馬場が権藤に応じ、
それを引き継いで「そうだ。…ところでこの靴をもう一度見直してみたまえ。この靴でこれ以上売れ行
きが伸びると思うかね?」とデザイン担当の石丸が白いハイヒールを権藤に手渡そうとします。

ナショナルシューズは営業的には可もなく不可もない状況、しかしいまひとつ商品の魅力に欠け、靴の
売れ行きが伸び悩み、打開策を出しあぐねている様子であることが窺われます。靴が丈夫なのは悪く
ないがコストが高く純益が少ないこと、デザインが軍隊の靴の様に古臭いこと、営業的には適度に靴が
壊れて消費者に買い替えてもらわなくてはならないこと…こういったことが明らかにされます。

宣伝担当の神谷は、「女にとって靴はアクセサリーだ。帽子やハンドバッグとおんなじだ。まずイカす
デザイン、手ごろなお値段、それに女の子は飛び付く」と力説します。馬場専務も「いまどき実用の観
点から女の帽子を作る奴はおらんのだよ」と援護しますが、「靴が帽子と同じという説にはついていけ
んな。早い話がだ、帽子は頭の上に乗っかっているだけだ。ところが靴は女の目方を乗せて歩く!」と
権藤が切り返し、神谷が破顔一笑して「一本参った!」と応じます。


ここから、映画の筋書き上重要な伏線に入っていきます。

工場担当重役である権藤は、会社の売り上げがこの1年間ほど上がらないのは何故か、とか重役陣がこう
やって権藤邸に集まって、と何か重要な話をしたがっているそぶりを見せつつもなかなか核心に触れよう
としない、要領を得ない振る舞いにいらつきを隠せず、「で、私にどうしろと言うんだね?」と先を促し
ます。

「ではざっくばらんに言おう」--馬場が他の重役2人の表情を確かめながら核心に触れ始めます。ナショ
ナルシューズの経営首脳が権藤邸に集まり、ナショナルシューズの癌がどこにあるのか、自分たちはいや
というほど知っている、と権藤にも"キミにも分かるだろう?"と言外に指摘します。

この言葉を聞いた工場担当常務の権藤はわざと茶目っ気を出し、「ほう、どこだね?」と皮肉交じりに
ニヤッとしながら惚けて見せます。

「社長だよ!」と馬場がいささかむきになって応じます。むろん、権藤は何を言おうとしていたのか分
かっていて、敢えて馬場の口から言わせる為に惚けて見せたのでしょう。


デザイン担当の石丸は、ここで自分がデザインした新作のハイヒールを取り出して見せます。馬場はどう
だこのセンス、女の子は飛び付くと褒めちぎり、石丸君の傑作だ、と神谷も持ち上げます。

権藤はその靴を受け取って品定めしながら「親爺に見せたらなんていうかな?」とやや呆れた様な表情を
見せます。しかし、馬場が「親爺にはもう何も言わせない」と応え、これに権藤や河西が驚いた様な反応
をします。

親爺、つまりナショナルシューズの社長の持ち株が25%で、3人の重役の持ち株は合計21%、株主総会
で社長を解任するには足りないぞ、と権藤が指摘すると、権藤の持ち株13%も計算に入れており、一口
乗ってくれれば34%で社長を解任できるぞ、と馬場らが計算を立てていることを明かします。

新社長は誰になる?と権藤が聞き返すと、「もちろんキミも候補者の一人だよ」、しかしこの新方針を考
え出したのは馬場、だから馬場専務が次期社長で権藤は常務から専務に昇格というのが妥当なところだ、
と神谷が青写真を描いて見せます。

ここまで聞き届けて、権藤は石丸のデザインしたハイヒールを片手に部屋の港に面した隅まで歩いていき、
窓を大きく開けて外の風に当たってから、再び窓を閉じて自分の青春と会社の発展、16歳の見習工時代を
皮切りに30年間に手掛けてきた全ての靴のことについて語り始めます。軍隊にとられていた期間を除いて
ナショナルシューズに捧げてきた人生、工場の匂いや音、手がけてきた全てがしっかりした良い靴だった
ことを振り返り、この見本がナショナルシューズの名をつけるにふさわしくない、1ヶ月ともたずにばら
ばらになってしまう様なガラクタであると喝破します。

スチールのシャンクもなく、中底はボール紙、ミシン縫いもせず、全てが手間を惜しんだ接着剤での貼り
付け、安手の裏皮と、見本の靴を権藤はばらばらにしてテーブルの上に放り出します。

商売であることは百も承知、自分が好きで好きでたまらない商売、靴を作ることが生きがいで、いい加減
な仕事をして協力する気はない、と重役たちのもくろみを一刀両断に斬って捨てます。

権藤も、このままでは会社の発展が望めないことは承知しているようです。しかし、他の重役たちの短期
的に利益を上げようとする方針に協力する気もなく、交渉は決裂します。

「親爺もダメ私たちもダメだ。それで?」怒気をにじませながら馬場が権藤に促すと、「オレはオレの理
想の靴を作る。歩きやすく丈夫で、しかもデザインの良い靴を作る。もちろんコストは高くつく。純益は
少ないだろう、しかし長い目で見れば、その方が本当の意味で利をあげるよ!」と正論で応じます。

馬場は先ほどまで権藤を引き入れようとして、追い出そうと画策していた親爺の持ち株を加えれば46%、
13%の権藤はすぐに追い出せるのだ、と今度は変わり身をして脅迫します。権藤は「どうぞ!株主総会
は来月だ!」と臆せずにやり返し、「皆さんお帰りだ、お見送りしてくれ!」と河西に重役らをここから
退去させろ、と命じます。

玄関口に来た重役らに気がついた権藤夫人の伶子(演:香川 京子)は、お嬢様育ちらしく「権藤はどうした
んです、お見送りもしないで」と2階から階段を下りておっとりと呼びかけ、毒気を抜かれた体の馬場
たちも「ははは…」と力なく笑って応じ、「では奥さん」と決まり悪そうに権藤邸から退去していきます。

伶子が応接間に行くと、不機嫌そうに煙草をくゆらせている権藤に気が付き、「あなた、あの方たちと何
か?」と尋ねますが「何でもない」とまともに取り合おうとしません。「心配するな、お前の知ったこと
じゃない。仕事の上のことだ」と、オンザロックのお代りを自分で注ぎます。

夫婦仲が冷え切っているとまでは行かないまでも、ぎこちないそのやり取りは、仕事のことはあまり夫人
に話さない権藤の姿勢が見えてきます。

ここは、黒澤 明監督がこうした温かい家庭というものを描くのがあまり得意ではない、ということも読み
取れるようです。




※2016.04.27追記…下の場面で、背景に映っていた県道13号線(平沼橋に接続する道路)の通りを
走る車列の様子を撮った画像を掲げます。浅間台の東よりから。権藤邸のある場所からだと、付近
の高層建築物に遮られて見えなくなっています。この画像の、2つの高層建築物に挟まれた中央の
明るい部分がそうです。この位置からでも、県道13号線は僅かに見える程度となっています。


玄関の外では、見送りに来た河西に馬場が問い詰めます。

馬場:「やっこさん、どんな切り札を隠しているんだ?」
河西:「は?」
石丸:「惚けんなよ?片腕のキミがやっこさんのたくらみを知らないとは言わせないぜ」
神谷:「チクショウ、人を叩き出しやがって!よほどの自信がなけりゃ、我々を追い出せる訳がない、
えぇ?ヤツは何故ああ自信たっぷりなんだ?」
河西:「さあ?…何故じかにお訊きにならなかったんです?」
馬場:「減らず口を叩くな!あいつが何を企んでいるか知らんが、それをぶっ潰す手助けをしてくれる
んなら重役の椅子を約束しても良い」
河西:「(戸惑いながら)誘惑しないで下さいよ」
馬場:「いつまでも権藤の片腕でもあるまい?よく考えるんだな?」

河西は恐縮しつつも、馬場が乗り込んだ車のドアを閉じながら一礼し、ナショナルシューズ重役3名が
乗った車を見送ります。

権藤の一人息子の純と、住み込みの常務付運転手の息子の進一が、西部劇ごっこで権藤邸への坂を駆け
上がって、重役らの車と入れ替わりに登場します。


会社の経営方針が折り合わずに対立し、新社長の座を巡って権力闘争を繰り広げる、権藤と3人の重役
たちの姿を見た後、2人の罪のない子供たちが西部劇ごっこを権藤邸付近で繰り広げている様子は一服
の清涼剤のような、映像の効能を示すようです。もっとも、夫人の伶子は父親に似て純が荒っぽくなっ
ていくように感じ、あまり快く思っていない様子ですが。



※2016.04.27追記…浅間台の東よりの坂道より横浜みなとみらい方向を見通した夜景画像を掲げます。


ここで映画の筋からは少し離れて、これまでに登場してきた子役2人を含む3人の登場人物について取り
上げ、それから収録場所についての紹介をしていきましょう。

権藤 金吾の夫人・伶子を演じたのは、香川 京子(1931.12.05-)です。
茨城県行方郡麻生町(現:行方市)出身で、父の仕事の都合で兵庫県芦屋市に移り住むも太平洋戦争中、疎
開などの理由で茨城県下館を経て麻生町に戻ります。英語を習うこと、或いはバレリーナに憧れた時期
もあったもののいずれも家庭の事情やバレリーナになるには遅すぎるなどの理由で断念、迷っていた時
に新東宝のニューフェイス募集の告知を目にして応募して合格、1949年に新東宝へ入社します。
1953年にフリーに転身しました。当時の大手映画社5社間で結ばれていた五社協定(お互いに所属俳優や
有力スタッフを引き抜かないことを取り決めた紳士協定。強制力はないが、これを破った俳優は転属が
成っても出演作に恵まれず、実質的に干された様な扱いとなった)が出来る前のフリー転身だったため、
日本の映画黄金時代に多くの巨匠監督に起用されるという幸運に恵まれます。
黒澤監督作品にも多く起用され、三船 敏郎との共演は女優としては最多の9回、役の上で三船の恋人役
や女房役を必然的に最も多く演じた女優ともなっています。
『悪い奴ほどよく眠る』(1960)では収録中に女優業引退危機となる様な大けがを顔に負い、収容先の病院
では病室のドアの前に三船が立ちふさがって、事故の報を聞きつけた記者らを押しとどめ、取材を全て断っ
たとのエピソードもありました。この時の三船のとった行動に、香川 京子は深く感謝していたそうです。
なお、香川 京子の本名は牧野 香子(まきの・きょうこ)で、映画会社が用意していた芸名にどうしても馴染
めず、自分の本名が一字入った芸名を家族と自らで考案したとのこと。多数の受賞歴のある、優れた日本人
女優の一人として多くの人たちの記憶に残る人物でしょう。

権藤夫妻の一人息子・純を演じたのは江木 俊夫(1952.06.04-)です。
東京都武蔵野市吉祥寺の出身で、石原 裕次郎や小林 旭など、日活の大スターと数多く共演した名子役で、
1966年10月に結成されたフォーリーブスのメンバーの一人です。フォーリーブスとしての彼の活動は、
覚えている方も多いでしょう。この男性アイドルメンバーは1978年に解散するまでかなり息の長い活動
をしていました。
フォーリーブス時代には俳優業を休止して歌手活動に専念、解散後に活動再開、1980年代からは芸能プロ
ダクションを設立してマネジメント業に専念します。1999年に覚せい剤使用で逮捕されるも、初犯だった
為に執行猶予が付き、マネジメント業を続けていました。
2002年にフォーリーブスを再結成して再び歌手活動を行ないます(メンバーの青山 孝史の急死に伴い、
2009年3月に活動を休止)。以降は司会業や宝石販売などの事業を行なっています。
『天国と地獄』のオーディションでは順番が後ろだった為に飽きてしまって外に出たところ、おじさん
(実は黒澤監督ご本人だった)に呼び止められ、『モスラ対ゴジラ』*の収録をしていたスタジオに連れて
行ってもらい、それがきっかけでオーディションに合格したという強運の持ち主です。

*当初、『ゴジラ対モスラ』としましたが、正しいタイトルのご指摘を受けて訂正いたしました。ご指摘
ありがとうございました。

権藤の社用車運転手の一人息子・青木 進一を演じたのは島津 雅彦(1952.10.01-)です。江木 俊夫と同
い年、約半年分年下ですね。鹿児島県鹿児島郡谷山町の出身で、1958年の日活の鹿児島ロケにおいて
興業組合の宴席の席上、当時5歳の島津 雅彦が出演女優の月丘 夢路に花束を渡す役に選ばれ、それが映
画界入りのきっかけとなっています。
小学校時代に東京に移って映画・TV出演や雑誌のモデルなどをこなした後、小学校6年生で鹿児島に戻り、
学業専念のために一時活動休止しています。中学・高校在学時に学業の傍ら映画出演し、1970年に完全
に映画界より引退しました。慶應義塾大学入学の為に再び上京、学生結婚を経て1977年に大学を卒業し
ました。現在は本名の原田 龍三郎に戻って、運命鑑定士として活動しています。


さて、権藤邸のセットは、映画の収録の為に3つ作られたことが知られています。1つ目は、東宝スタジオ
(東京都世田谷区砧)内のセットで、主として室内での演技の場面に用いられました。
2つ目は、映画の舞台でもある神奈川県横浜市西区浅間台に作られたもので、大きな窓から見える横浜の街
並みや港を背景として写すのに必要な場面で使われています。室内での俳優の動きも同時にとらえる為、特
別に東京電力が照明用の電力供給を行なっていたとのことです。黒澤監督が常用した望遠レンズによるパン
フォーカスの為に強い照明が必要で、大電力が供給されていました。


下に掲げるのが、セットの跡地で、現在は5階建てのマンションが建てられています。



また、権藤邸セットのあった浅間台から見下ろす横浜の街並みは、この様になっています。




より正確には、浅間台の丘の西側、浅間台小学校付近から見下ろしたものです。さすがに、映画の公開
から50年以上が経ち、この周囲の光景はかなり変わりました。


※2016.04.27追記…上の2点の画像の、夜景画像を追加で掲げます。






権藤邸の3つ目のセットは、街中から高台にある家を見上げる場面の為に作られたもので、西区浅間台
から南に3kmほど離れた横浜市南区南太田(東急東横線南太田駅付近)にありました。これについては、
後ほど詳しく触れる予定です。

東宝スタジオ内のセットでは、とりわけ夜間の場面で街明かりや街中を走る乗用車の走る様子を鮮明に収
録する為、窓の外にミニチュアセットを組み、或いはカメラが窓を向かない場面、カーテンを閉めている
場面の収録に使われました(第8ステージが室内場面の収録用セットの組まれた場所)。

こうした3つの権藤邸セットでの収録場面が、収録場所の違いを一切感じさせずに違和感なく繋がるように
する為、細心の注意が払われています。厳格かつ綿密な演出のもとにリハーサルが繰り返され、最大8台も
動員されたマルチカム収録、そして黒澤 明が得意としたフィルム編集の技が合体し、『七人の侍』(1954)
や『隠し砦の三悪人』(1958)でも発揮された多数の場所での場面で収録されたモンタージュの技法はここ
でも遺憾なく発揮されています。


実は、ぼんやりとしていれば見過ごしてしまいかねない、何ということのないと思われるような場面にも、
"そこまでやるのか?"と驚嘆させられるような工夫が凝らされています。

権藤を抱き込み、現社長(親爺)を追い出す計画が水の泡と消え、権藤邸より事実上叩き出された3人の重役
が、右腕の河西を抱き込もうとする、権藤邸玄関前での場面です。
馬場と河西が会話をするこの場面は、背景の動く車のヘッドライトや道路を照らす灯火などが丹念に写し
込まれています。当時の映画用のフィルムの感度や、遠景を走る車のライトという条件が重なり、こうし
た明かりは鮮明に写らない為、20台ほどのタクシーを集めて街中を走らせたそうです。

この場面で動員されたタクシーには、シネキングという映画撮影用のバッテリーライトが2個、タクシー
の本来のヘッドライトの上に縛り付けられました。助監督の出目 昌伸はこのバッテリーライトを東宝社内
中から掻き集め、照明部のスタッフやアルバイトが乗って操作したといいます。しかも、当時の無電ハンド
マイクの性能はあまり良くなくて、走ってくれという指示が聴きづらく、いざ走り出そうとしたら赤信号、
後で話をつけるから構わず走れ、とスクリプターの野上 照代から指示が出るなど、大変な思いをして収録
されました。

今見直しても、あまりに自然に写っている背景の乗用車のヘッドライトの動きや街明かりなどの様子は、違
和感を感じずに「見過ごして」しまいます。こういうことを妥協や手抜きなしにやるからこそ、黒澤映画は
今でも感動が色褪せず、不朽の名作として記憶に残り続けるのでしょう。

ミニチュアで組まれた横浜の街のセットは、村木 与四郎の傑作です。怪獣映画の特撮用セットのような街明
かりの灯るセットは、権藤の背後にわずかに映る程度、5カットだけでした。無数の豆電球全てに配線し、
車も模型を走らせて写されているので、これが種明かしなしに作りものと分かる人はまずいないでしょう。
文字通り、「100万ドルの横浜の夜景」です。




横浜市西区浅間台の「権藤邸」セットがあった付近からの横浜市街地の眺めです。多数の民家が建ち並び、
『天国と地獄』が収録された1962年当時と比べると、この付近からの景観はやや悪くなっています。

この画像中央の背の高い建物は「みなとみらい21」の横浜ランドマークタワーで、1980年代にこの地区
が再開発され、文字通り横浜のランドマークとなりました。

※2016.04.27追記…横浜市街の夜景をもう1点追加します。



1960年代前半から始まった高度成長期は日本の各地の、とりわけ都市部で景観が大きな変貌が始まった頃
でもあり、1959年4月20日から東海道新幹線が着工、1964年10月10日開会の東京オリンピックを前に、
10月1日より営業運転を開始、まだ東海道新幹線が開業していない頃の酒匂川鉄橋付近(小田原市)の様子が
写っているなど、貴重な場面も存在しています。


(次ページには、権藤の息子と青木の息子が遊ぶ場面と権藤夫妻や河西、運転手の青木などが会話を交わす
場面)


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(参考文献は全て最終ページに)






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