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『隠し砦の三悪人』-100日にも及んだ御殿場市・小山町ロケ地での「天気待ち」

黒澤 明監督の映画においては、しばしばその収録において代名詞的に言われるのが、「天気待ち」
という表現です。黒澤組の初期からのメンバーで、大映の『羅生門』(1950)以来、ずっと記録係
を務めてきて、今では減っていくばかりとなっているメンバーの中でも存命中の野上 照代氏による
『もう一度天気待ち 監督・黒澤明とともに』(草思社・刊)という書籍のタイトルにもなっている
ほど。

ロケでの収録を好み、事実、初監督作品である『姿 三四郎』(1943)でも、主人公の姿 三四郎と宿
敵・檜垣 源之助との右京ヶ原(箱根・仙石原)での対決場面のロケでは3日間という短い猶予期間に
て"風雲急を告げる"を地で行くような迫力ある背景をとらえています。

背景に、天気や燃え盛る炎、濃い霧を映し込むなどして主人公の感情と画面とを一致させ、観客の
感情移入を誘う映画的映像表現の感覚は、黒澤 明監督が得意としていたものであり、こうした背景
の映画的に映える撮り方を十二分に心得ていた、これが黒澤映画を傑作たらしめた要因の1つである
ことは疑いようがありません。

しかし如何に黒澤監督と言えども、雨の日を晴れにする様な天気のコントロールまでは出来ません。
綿密なリハーサルやカメラ位置や照明の確認をしたうえで映画を撮る黒澤監督は、条件が整えば非
常に早く撮り終える方でした。

『隠し砦の三悪人』も兵庫県西宮市の蓬莱峡でのロケ収録は好天のために非常に順調に行きました
が、御殿場ロケに入ってからとたんに「天気待ち」で足止めを食らうことになります。西宮市での
ロケは真夏、最後の小山町の峠でのロケは真冬で、富士山が雪で真白になっていたため、それが写
らないように苦労したそうです。



富士スピードウェイのゲート前駐車場にて。富士山は雪が積もり、天気が下り坂に向かうことを示す
雲の笠も被っています。ひこうき雲が影を落とす珍しい場面です。「その6」のロケ地から帰る途中
で写した一場面です。


1981年4月のTVでの対談の中で、黒澤監督は3回も台風が上陸し、そのたびに屋外の木が倒れて、
予定していた場所を3回変えた、と話しています。10日間の予定がこれで100日にも伸びた、という
のは台風が日本に上陸した為、という訳です。

気象庁の記録を確かめてみたところ、1958年の夏に上陸した台風で、黒澤監督の言うロケに影響を
もたらした3つの台風とは以下のケースが該当しそうです。

○昭和33年17号台風…8月21日に発生。国際名はFlossie。8月25日に和歌山県御坊市付近に上陸。
福井・富山・新潟などを通過して三陸沖に抜けた。
○昭和33年21号台風…9月9日に発生。国際名はHelen。9月18日に神奈川県鎌倉市付近に上陸。茨城
県沖に抜けた。
○昭和33年22号台風…9月21日に発生。国際名はIda。9月26日に神奈川県に上陸。豪雨と河川氾濫で
静岡県伊豆地方の狩野川流域が特に被害甚大だったことから「狩野川台風」とも呼ばれている。台風
22号自体は、福島県沖に抜けた後、9月27日に温帯低気圧となって三陸沖を通過、北海道根室地方に
9月28日再上陸した。この被害により、狩野川放水路の設計が変更となり、水路幅が増えている。
22号台風による被害が大きくなったのは、その前の21号台風の影響が残っていたことも要因として
挙げられよう。

この後の台風23号以降は、ほとんど日本に接近せずに済んでいます。

1958年10月23日発生の台風26号は本土に接近したものの上陸はせず、それ以降、日本からずっと
遠い場所での消長を繰り返して、台風シーズンは終了しました。

『隠し砦…』の冒頭の、太平と又七が並んで歩き、ケンカをして別れる場面(「その1」で取り上げた)
は、その天気待ちによりようやく収録できた場面、ということになります。


明神峠-静岡県・駿東郡小山町/神奈川県・足柄上郡山北町の町/県境付近

山名の兵に取り囲まれ、最早逃げ場所がなく、真壁 六郎太(演:三船 敏郎)が囮として飛び出してひき
つけているうちに、雪姫(演:上原 美佐)や百姓娘(演:樋口 年子)、太平(演:千秋 實)や又七(演:藤原 釜足)
らに逃げるように命じたものの、娘が飛び出していったので、結局六郎太は娘を担ぎ、雪姫とともに
山名からの銃撃をかわしつつ国境を目指して駆けていくことになります。

一方、上手くその場を逃げ出し、山名の兵の追っ手の目を逃れた太平と又七は、木の枝を上手に使って
カモフラージュし、山名の追跡兵をやり過ごした後、関所に行こうと密談をします。
いずれにしても、この二人は秋月の兵隊ではないので、六郎太に脅されていた、と言えば申し開きはつく
立場にありました。金は全て山の斜面で追っ手に追いつかれそうになった時に置いてきたので、手元に
ない軍用金のことで嫌疑をかけられる可能性もありません。

六郎太らは、国越えできたと思ったその時に取り囲まれてしまい、そのまま捕縛される身となります。
このWebページのトップ画像(カスタムメイン画像)が、ほぼその方向をとらえた画像です。

一方、峠の関所に太平と又七らは訴え出たものの、軍用金もそれを持った者どももとうに捕まった、と
関所の兵に笑われ、帰れと言われてしまいます。関所から国越えはできたものの、恩賞金もなく、彼ら
は肩を落として早川領へと歩いていきます。



撮影時期が5月末頃で季節は異なりますが、関所から坂下方向を見下ろしている一番近い視点の画像は
これでしょう。場所は明神峠の下り坂、駿東郡小山町の県道147号線に当たります。この道路は神奈川
県山北町の中を1.5kmほど、三国山(標高1201m)の北側の山間を抜けると、三国峠を経て山梨県の山中
湖村(県道730号線)へと向かいます。


とぼとぼと力を落として関所の門をくぐりぬけていく太平と又七の背中を映すところから、場面はここ
でとらわれの身となった六郎太や雪姫のいる牢屋に移ります。

牢屋の前では、牢を固める山名の番兵が立ち、押すな押すなの人だかり。その中から兵が一人前に出て、
他の兵たちに得意げに話しかけています。手に柄杓を持っているのは、探索していた秋月方の最重要人物
が捕まったことに対する、兵士らへの祝い酒がふるまわれているからでしょう。

「者ども、よおっく見ておけ!金二百貫、またと拝めんぞ!」
このセリフに、牢番二人を含めてその場にいる全員が破顔一笑します。この、兵卒の前に立って演説を
したのは、恐らく藤木 悠(1931.03.02-2005.12.19)でしょう。


藤木 悠は、黒澤監督作品を含む東宝映画の常連出演俳優でした。1953年に東宝ニューフェイス第6期生
として採用、宝田 明や岡田 眞澄などとの同期生で、コミカルな役から叩き上げのベテラン刑事まで、演
じられる役柄は幅広いものでした。筆者(U.M.)にとっては、『アイフル大作戦』(1973)・『バーディー
大作戦』(1974)の追出(おいで)刑事役、『Gメン'75』(1975-79)(いずれもTBS系)の山田 八兵衛刑事役
が特に印象に残っています。
黒澤監督作品では『蜘蛛巣城』『どん底』(1957)と本作の3作品に出演しています。暴飲暴食がもとで
糖尿病になり、足の指も僅かながら切断しており、糖尿病予防の啓発もしていたそうです。2005年に74
歳で亡くなりました。


そこへもう一人出てきて、「待て待て、拝むんなら雪姫だ、これこそ目の果報」と雪姫の美しさを称える
も、「あすにも打ち首とは」、と落胆して手酌で酒をあおります。六郎太と雪姫は、明日までの命である
ことがここで明らかとなります。

山名の兵たち、牢番に咎められるも、「頼む、ちょっと拝ませろ」と言われて牢の窓から雪姫を覗き見る
のを黙認します。

そこへ、田所 兵衛が手に槍を持って現われ、「通せ!」と大声で告げます。兵たちは驚いて通り道を開
けました。牢番もすぐに反応し、「首実検に参った!」と口上を述べた兵衛を牢屋の中に案内します。

牢の中に入った兵衛に、六郎太は「おお、田所 兵衛!」と後ろ手に縛られながらも歓待の意を表します。
兵衛は後ろ手に牢の扉を閉め、暫く入り口付近の暗がりの中に立ち尽くします。まさに、黒澤映画の傑出
した演出映像がこの後に展開します。

しばらく、無言のまま暗がりの中に立つ兵衛に「どうした、兵衛?」と尋ねる六郎太に、暗がりの中から
前に出て、元の素顔を思い出すのが困難なほど傷を負った様子を見せます。

驚きを隠せない六郎太、無言で何事かを訴えようとする兵衛の様子に、「お主、人が変わったのう」と
つぶやきます。


兵衛:変わりもしようぞ。
六郎太:…訳を話せ。敵味方に分かれても、貴公と俺は百年の知己だ。
兵衛:知己?知己ならなぜこの俺に、勝負に敗れたこの俺になぜ生き恥じをかかせた?!…勝負に勝って
相手の首を落とさぬのは、情けと見えてこれほどむごい仕打ちはないぞ。見ろ、この俺を。見ろ!
兵衛:満座の中で大殿に罵られ、弓杖(ゆんづえ)でしたたか打たれたこの傷を。恨むぞ、六郎太!

このやり取りを聞いていた雪姫が口を開きます。

雪姫:愚かな!これが音に聞く田所 兵衛か。人の情けを活かすも殺すも己の器量次第じゃ!また家来も
家来なら主(あるじ)も主じゃ!敵を取り逃がしたと言ってその者を満座の中で罵り打つ。このわがまま
な姫にもよう出来ぬ仕業(しわざ)じゃ。
娘:姫は私です、姫は私です!
雪:もう良い!志は有難いが、これまでじゃ。

身代わりに自分が雪姫を騙って本物の雪姫を助けようとする娘に対するこの言葉で、娘はうなだれます。

雪:(向き直って)姫は潔く死にたい。
六:姫!六郎太、申し訳もありませぬ。姫の身には耐えがたい、これまでの苦難。その甲斐もなく…。
雪:違うぞ 六郎太!姫は楽しかった。この数日の楽しさは、城の中では味わえぬ。装わぬ人の世を、人の
美しさを、人の醜さを、この目でしかと見た。六郎太、…礼を言うぞ。これで姫は悔いなく死ねる。
六:姫!!
雪:六郎太。殊に、あの祭りは面白かった。あの唱(うた)も良い。
人の命は 火と燃やせ 蟲の命は 火に捨てよ
 思い思えば 闇の世や 浮世は夢よ… 

兵衛は後ろ姿のまま槍を右手に持って動かず、六郎太は雪姫の覚悟にうなだれ、娘は雪姫の歌う様子に
すすり泣き続けます。


雪姫を演じた上原 美佐は当時若干20歳。21歳の頃に全ての収録を終えたとのことで、彼女は自身が当時
一番物事を真っすぐに、素直に考えられる年頃であり、『隠し砦…』が青春の一番良い思い出として大切
なものになっている、とやはり1981年4月のTV対談の中で述べています。この映画の中で、一番成長して
いるのはやはり雪姫でしょう。また、この映画が単なるエンターテイメントの枠に収まらず、深い感動を
見る人に与えるのも、この雪姫の成長の過程を見届けられるから、ということは言えるかも知れません。

また、身分を隠して市井の人たちと接し、彼らの打算のない真心の接し方に感銘して、自身の義務を認識
して自分本来の居場所に帰り、役割を果たそうという覚悟を決めた様子は、William Wylerの『ローマの
休日』(1953)でAudrey Hepburn(1929.05.04-1993.01.20)が演じたアン王女(Princess Ann)との
共通性もあると言えるでしょう。


場面は変わって、翌朝。秋月方の郎党が、刑場に後ろ手に縛られたまま、馬に乗せられて向かおうという
場面へと移ります。



明神峠を越えた北側は、この様になっています。画面中央右側に走るのは県道147号線(まだこの辺りは
静岡県側で神奈川県には入っていない)です。



この、雪姫たちが刑場に向かって引っ立てられて行こうとする場面に一番近いのはこの付近だろうと思
います。

映画では、坂の上から山名と早川の国境に作られた関所を見下ろすような視点からこの場面が始まります。




(次ページに続く)


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(参考文献は全て最終ページに)






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