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兵庫県西宮市の蓬莱峡付近にある太多田川(おたたがわ)の川原
トップページ > 見聞録 > 『隠し砦の三悪人』-黒澤明監督に敬意を表して(その3-1)
蓬莱峡-兵庫県・西宮市/静岡県・御殿場市/浄蓮の滝-静岡県・伊豆市

真壁 六郎太(演:三船 敏郎)の言い分が信じられない太平(演:千秋 實)と又七(演:藤原 釜足)が、当の昔に
秋月の軍用金を運び出しているに違いない、と飯を炊くのに汲み上げていた水場のほとりに歩いていく
と、そこには先客がいました。隠し砦の上の岩場ですっくと立っていた若い美女です。水面に花弁を投
げては弓杖で手元に手繰り寄せることを繰り返しては遊んでいます。

ふと、背後に視線を感じたその美女、ふり返って太平と又七を見つめます。

しめしめ、あの"青大将"はここにはいない…、と太平と又七は互いに見合ってにやりと笑い、この女性
に近寄っていこうとします。

ピシリ、と弓杖が二人の腕にあたります。なおも近寄ろうとする太平と又七に、杖で叩くしぐさをして、
その女性は森の中を駆けあがって行きました。

弓杖で叩かれたり、つる草や木の枝でさんざんにひっぱたかれ、最後にはつる草で足を取られて地面に
倒れた太平と又七を残して、その美女は悠々と森の奥に去っていきます。

ふと地面を見やると、女ものの櫛が落ちていました。三日月の紋が入った櫛でした。

これはきっと、秋月の行方知れずとなっている御姫様に違いない、と思ったところに六郎太が登場、その
櫛を取り上げます。


この節の、トップ画像(カスタムメイン画像)は、雪姫(この後で正体が明らかにされる)が花弁を投げては
遊んでいた水場のイメージに近い場所として選んだもので場所は兵庫県西宮市の蓬莱峡に近い太多田川
です。ただし、正確な場所は分からず、1981年の出演者4名による対談の内容などから、御殿場ロケの
可能性は高いと筆者(U.M.)は考えています。


六郎太は、雪姫の正体がばれてはまずいため、雪姫の双子の妹である小冬を雪姫として山名に差し出し、
恩賞の黄金10枚を貰ったのだ、と太平と又七に音を鳴らして数えてみせる、という偽装をします。

しかし、又七はある日、雪姫が隠し砦にいることを訴え出ようと、町中に降りて行きました。六郎太に
又七がどこに行ったのか、と太平が詰め寄られ、胸ぐらを掴まれて「俺たちはお前が虚仮(こけ)にする
ほど虚仮じゃないんだ!」と叫ぶとほどなくして、又七が隠し砦に戻ってきました。


さて、話の筋から、以下 現代において不適切な表現として排除される傾向にある言葉が出てきます。
作品の成立時代背景や作者自身の意図が差別を助長しようとしたものではないこと、過去の芸術作品
としての扱いから、敢えて手を加えずに書いていくことをご了解戴きたいと存じます。


又七:ハクション!
太平:又七ー!軍(いくさ)奉行に会えたかー?
又:ばかやろう。城下まで行ってこんなに早く帰れるか。麓の村ではもう大評判よ。姫はよっぽど前に
突き出されて昨日、打ち首になった!

(真壁 六郎太、又七のこの報告を聞いてうなだれる。その表情に微かながら苦悩の色が浮かぶ)

又:(六郎太に)兄貴、お前を疑って、すまねえ。

(六郎太、やおら立ち上がり、歩いて隠し砦から離れ、水場を通り過ぎて滝の奥の石室に入っていく)


映画では、蓬莱峡から水場/滝の奥の石室へと2回のワイプで場面が転換します。太平・又七と美女が出
会った水場は恐らく御殿場市の山中、その次に続く場面の滝は静岡県伊豆市湯ヶ島の浄蓮の滝です。

滝の奥の石室には、秋月の残党たる旧家臣がいて、山名の追っ手による目を逃れています。しかし、見
つからなければ山名は探索の手を広げるであろうし、いずれは隠し砦も見つかるはず。真壁六郎太は、
敢えて奇策として小冬を雪姫と偽って山名に差し出し、世継ぎたる雪姫の命を守ろうとしたのでした。



現在の浄蓮の滝の様子です。
滝の付近の岩盤の、鉢窪山の噴火(約1万7000年前)による玄武岩で形成された柱状節理が見事です。

この付近にかつて浄蓮寺という寺があり、その寺が浄蓮の滝の名称の由来とされています。

この滝の左側にうっすらと水が落ちる様子が映っています。この奥の方に石室(洞窟状の空間)があり
ます。現在では崩落の可能性があるとのことで中に入ることができなくなっています。


石室には、正面に雪姫(演:上原 美佐)、その脇に侍老女(演:三好 栄子)が控え、六郎太は小冬めが役に
立ちました、といきさつを知らせる為にまかり越しています。山名の詮議も一時は解かれるはず、この
機を利用して落ち伸びようと進言します。

しかし、雪姫はこの様な仕儀に納得できず、雪姫を守るための六郎太の策に怒りをあらわにします。
「六郎太!たわけ!」

老女:姫さま…忠義に殉ずるは臣下の面目、小冬殿もさぞ喜んで…
雪姫:嘘じゃ!小冬めが私なら、この雪姫を恨む!
老:姫さま。お言葉が過ぎまするぞ。それでは六郎太殿の立つ瀬がござりませぬ。
雪:お黙り!…六郎太!その方の顔、見るも嫌じゃ!妹を殺して涙一つ流さぬ。その忠義顔!!(六郎太
を打ちすえようと弓杖を頭上に掲げる)
老:(雪姫を押しとどめようと六郎太の前に出て)姫さま!!

雪姫は弓杖を降ろすも、「いやじゃ!」と3回繰り返し、石室から出ていきます。

雪姫の悲しみを誰よりも理解している六郎太は、女の身でありながらあれほど猛々しく、涙も見せない
姫の振る舞いには困り果てている、という老女の言に秋月再興の礎となる姫こそいけにえであろう、と
雪姫の心中を察していました。

山名領を見下ろしながら、号泣する雪姫の姿が映し出されます。


さて、雪姫を演じた上原 美佐、この場面の泣く演技には1つエピソードがあります。
感情の発露として、泣くという表現は重要な意味がありますが、俳優さんによって得意・不得意があり
ます。感情のスイッチが入るとすーっと頬を伝う涙があふれる、そういうことができる俳優さんがいれ
ば、どうしても泣けなくて目薬を使う俳優さんもいます。
この収録には別班を立て、助監督の野長瀬三摩地(のながせ・さまじ)が1日がかりで収録したとのこと。
上原 美佐の顔の近くに擦った玉ねぎまで用意したもののそれでも泣けず、夕方になって「今やっと姫が
泣ました!」という報告が黒澤監督に伝えられました。
黒澤監督は野長瀬助監督が雪姫をいじめたんじゃないか、と心配したとのこと。雪姫役の上原 美佐は、
私が泣かないとスタッフのみなさんが帰れないと思ったら急に悲しくなった、と話していたとのことで
した。結果オーライ、といったところでしょうか。


黒澤 明監督作品のロケ地は、『七人の侍』(1954)の場合と同じように、映画のロケ地に使用したこと
が分かるような記念碑やモニュメントが存在しないので、国内でも知る人はそう多くありません。ここ
でロケ地の特定が難航し、実際に見つからずに「雰囲気の似たロケ地付近」として取り上げるケースが
多いのも、そうした背景によるものです。黒澤 明の監督デビュー作『姿三四郎』(1943)が、ほとんど
例外的といってもよいほどロケ地が明らかになっている数少ない映画の1つです*。

*この他では、『夢』(1990)の中の「鴉」「水車のある村」のロケ地が知られている。これも、ごく稀
なケースである。

伊豆市湯ヶ島の浄蓮の滝もその例にもれず、むしろ川端 康成(1899.06.14-1972.04.16)原作の同名
映画『伊豆の踊子』(原作:1926-雑誌掲載時/映画:1933・1954・1960・1963・1967・1974の計
6回)のロケ地としての方が有名です。また、石川さゆり(1958.01.30-)の名曲『天城越え』(1986)に
も、この浄蓮の滝や天城山のことが歌われています。




この様に、石川さゆりの肖像写真や『天城越え』の譜面が刻まれた碑が、浄蓮の滝を背景に設置されて
いる様子が見られます。

石室に通ずる場所は、この様になっていました。



この様に、門扉が閉じられており、ここから先へ入ることはできなくなっています。ここを訪れた際に
は、滝の様子を、この付近から眺めて楽しんで戴ければ良いと思います。


滝への入り口には、『伊豆の踊子』をモチーフとした銅像も建てられています(これを掲げることで、何
のロケ地巡りなのか曖昧になってしまいそうですが…)。





それだけ、『伊豆の踊子』は有名である、ということなのでしょう。黒澤 明監督作品のファンとして
は、些か心がざわつく光景ではあるといえます。


(次ページに続く)


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(参考文献は全て最終ページに)




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