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兵庫県西宮市の蓬莱峡
トップページ > 見聞録 > 『隠し砦の三悪人』-黒澤明監督に敬意を表して(その2-1)
蓬莱峡-兵庫県・西宮市

落城した秋月の城で、山名の兵たちに隠された御用金を掘り当てるために徴用された、太平(演:千秋 實)と
又七(演:藤原 釜足)の二人は、秋月の敗残兵の捕虜たちが暴動を起こした隙を見て逃げ出し、たどり着いた
河原でこれからどうしようか、と知恵を絞ろうとします。

「秋月の御姫様でも探すだなぁ」と又七は、高札に書かれていたことを思い出しながらつぶやきます。

秋月の旧領主の世継ぎたる雪姫を探し出してその身柄を山名に引き渡せば黄金10枚、その居場所を知らせ
るだけでも黄金3枚の褒賞を貰える--しかし、そもそもどこに秋月の姫が潜んでいるのかも分からず、目の
色を変えて手柄を立てようとする輩も決して少なくないはず。

それにそもそも、自分たちがまさに食うや食わずで秋月の旧領地から逃げ出さないといけないのに、とても
そんな危険を冒す余裕もない…今度また捕まったら命はない、と太平がこれまでの顛末を思い出して夢の様
なことは諦めようとたしなめます。
しかし、故郷に帰ろうにも、国境を山名が固めている為、それとても容易ではありません。

「こう腹が減っていては碌な知恵は出ねえ」、と又七は飯が炊けたかどうかを確かめようと鍋の煮え具合を
確かめます。

火を付けてからかなり時間が経つのに、まだ煮え具合は充分ではありません。

「ちぇっ、この薪、ちっとも燃えやがらねえ」

いらっとした又七、火の付き具合が悪い薪を、河原に放り投げます。
すると、チリーンという、金属が石にぶつかるような音が周囲に響き渡ります。

顔を見合わせる太平と又七、音のした方に歩いていくと、くすぶっている薪がまず目に入り、続いて川底に
輝く棒を見つけます。

太平が水底から拾い上げた掌ほどの金属の棒を、又七がつかみ取って品定めをします。噛んで見て、「ああっ、
金だ!!」と興奮し出しました。太平も、「違えねえ、金だ!」と興奮します。

この金の延べ棒には、三日月の紋所が刻印されており、山名が必死で探していた秋月の御用金であることが
窺われました。

薪に金の延べ棒を隠して、偽装していたものでした。もしも山名が探している秋月の金なら、きっと、まだ他
にもあるはず、とこの二人は飯を食うのもそっちのけで手分けして宝探しに狂奔します。



ここが、『隠し砦の三悪人』(1958)の主要なロケ地として紹介される、兵庫県西宮市の蓬莱峡です。有名
な有馬温泉に近く、JR宝塚駅から阪急バスで移動、有馬街道を通ってバス停「座頭谷」または「知るべ岩」
で下車すると、徒歩圏内です。

少し坂を登った先には、この場所の地名をとった「蓬莱峡」というバス停もありますが、木が生い茂ってい
て視界を遮り、距離も遠くなるのでいささか不便です。

バス停の名称にもなっている「知るべ岩」は、豊臣秀吉公にゆかりのある場所です。有馬街道に兵を進める
際の難所であり、事実ここは六甲山北側を走る有馬高槻構造線に沿う太多田川(おたたがわ)とその支流の座
頭川が合流する場所で、破砕された花崗岩がさらに風化したことによって出来上がった険しい地形を見せて
います。知るべ岩には、太閤秀吉の揮毫による「右ありま道」の字が刻み込まれているそうです。

一方、「座頭岩」とは、かつてこの渓谷に目の不自由な人(座頭)が奥深く迷い込み、戻れなくなって行き倒
れたことを憐れんだ近隣の村人が、その遺体をねんごろに葬ったことからこの名で呼ばれるようになった、
とのこと。

「蓬莱峡」の蓬莱には、仙人が住む五神山の1つという意味もあり、韓の国にある蓬莱山に似た景観ゆえに、
そう呼ばれるようになったという由来があります。

映画で見ても実に印象深い、どこか日本離れした特徴的な地形です。U.M.が実際に訪れて、その印象はさら
に強いものとなりました。


さて、手分けして河原に流れ出した、金が中に仕込まれた薪は、又七が見つけました。ここで早速、二人は
強欲さからケンカを始めます。

しかし、岩陰からこの二人の様子を窺う不審な男が目に入り、太平と又七は慌てて延べ棒を懐に隠し、その
不審な男から遠ざかろうとします。

あごひげを蓄えた目つきの鋭い男は、暫く太平と又七の歩いていく跡をつける様な挙動をします。「ここで
俺たちが金を見つけたことを気取られたら大損こくぞ」、と声をひそめながら太平は又七に告げ、周囲の様
子を見回りながらその場から離れます。

それにしても、この男は何者でしょうか?山賊か、それとも山賊の手先なのか…?



この辺りも、『隠し砦…』のロケに使われたかも知れません。

座頭谷は兵庫県砂防事業発祥の地としても知られていて、明治時代から大正-昭和時代を経て、最近では平成
の時代に入ってからこの付近が震源地となった阪神淡路大震災(1995(平成7)年1月17日発生)後にも砂防ダム
工事が行なわれています。1952年、つまり『隠し砦…』のロケが行われる6年前にも砂防ダム建設工事が行
なわれているので、時代劇の性格上、ダムは映らないように収録を行なっていたはずです。

太平が金の延べ棒を仕込んだ薪を探す場面には、屏風岩と呼ばれる岩肌が背景に映っていると思しき箇所も
ありました。



この手前側の、色合いが濃い岩が屏風岩と呼ばれる岩肌です。休日には、ロッククライミングに興ずる人も
います。

筆者(U.M.)も訪れてみて、「これはすごいところだ」と嘆息させられました。映画のスタッフは、この近く
に宿を取り、撮影の度にこの付近に移動していたのでしょう。とりわけ、蓬莱峡での収録は天気が非常に良く、
夏場なので毎朝起きてから顔を洗う為に洗面所の鏡で見ると膚が日に日に日焼けで黒くなっていき、ある程度
日焼けしたらそれ以上は黒くならないものだ、などと思っていたそうです。


河原を下って、太平と又七は先ほどの不審な男が跡をつけてこないことを確かめると、一旦は引き返して金を
探す続きをしようとしますが、もう今日は遅いからまた明日にしよう、と河原でたき火をして暖を取りながら
分け前の相談をします。



ここは、太多田川の上流部分です。映画に出てくるのと似た雰囲気の場所ですが、違っている可能性もあり
ます。


たき火にあたりながら太平と又七は、金の分け前について、どの様にするかを決めます。

太平:「ところで又七…。今のうちにちゃんと話を付けておこうじゃねえか」
又七:「何の話だ?」
太:「とぼけちゃいけねえよ!お宝の分け前のことよ!…恨みっこなしに、半分半分ってことで手を打とうぜ」
又:(不満そうな表情を見せる)
太:「不承知かよ?!」
又:「おらが先に見つけたんだがなあ…」
太:「じゃあ決めるぜ。いいな、うん?」
又:(しぶしぶうなづく)
太:(満足そうに笑いながら)「じゃ、寝るべえ。ぐっすり寝て、黄金の山の夢でも見るべえ」

太平の笑い声につられて又七も笑い出しますが、太平がふと視線を河原の先に向けた刹那、その表情がたち
どころに驚愕へと変わります。

闇の中から、昼間つけてきた男が、大胆にも歩いて来て、たき火のそばに寄って来るのでした。


(次ページに続く)


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