24節気 ・雑節 ・日本の旧暦 ・月齢の計算法 ・日本で使われた暦
節気 読み方 節気
中気日付(頃) 太陽
黄経大 意 立春 りっしゅん 正月節 2月4日 315° 春の気立つ 雨水 うすい 正月中 2月19日 330° 雪が雨水となる 啓蟄 けいちつ 二月節 3月5日 345° 陽気地中に達す 春分 しゅんぶん 二月中 3月21日 0° 春の半ばなり 清明 せいめい 三月節 4月5日 15° 万物発し清浄明潔 穀雨 こくう 三月中 4月20日 30° 百穀を生育する雨 立夏 りっか 四月節 5月5日 45° 夏の気立つ 小満 しょうまん 四月中 5月21日 60° 万物生気充満す 芒種 ぼうしゅ 五月節 6月6日 75° 麦を取り入れる 夏至 げし 五月中 6月21日 90° 最も昼間が長い 小暑 しょうしょ 六月節 7月7日 105° 暑さ漸く激しくなる 大暑 たいしょ 六月中 7月23日 120° 暑さの絶頂期 立秋 りっしゅう 七月節 8月7日 135° 秋の気立つ 処暑 しょしょ 七月中 8月23日 150° 陽気漸くとどまる 白露 はくろ 八月節 9月8日 165° 草木に露が宿る 秋分 しゅうぶん 八月中 9月23日 180° 陰陽相半ばする候 寒露 かんろ 九月節 10月8日 195° 晩秋、寒露宿る 霜降 そうこう 九月中 10月23日 210° 野山に霜が降りる 立冬 りっとう 十月節 11月7日 225° 冬の気立ち始める 小雪 しょうせつ 十月中 11月22日 240° 山頂に雪が見える 大雪 たいせつ 十一月節 12月7日 255° 降雪しきり 冬至 とうじ 十一月中 12月22日 270° 夜が最も長い 小寒 しょうかん 十二月節 1月5日 285° 寒の入り 大寒 たいかん 十二月中 1月20日 300° 極寒の候
☆24節気
太陰太陽暦では、同じ日付でも一月ほど季節の間を前後してしまいます。この不便を解消すべく採用されたのが24節気です。
24節気は、春分を基点とした太陽の位置(黄経)によって決められます。そのため日付は年によって1日ほど前後します。大きく「節気(セッキ)」と「中気(チュウキ)」に分かれ、交互に置かれて季節を知らせています。
中国に始まった24節気は、最初冬至を含む月を年の初めとしましたが、その後、漢の時代に「立春年初」が確立され、以後2000年あまり続きました。日本でも明治の改暦までは立春をもって年初とする風習があり、人の干支(えと)なども立春で区切りとしていました。
※表の漢字の月名は、陰暦の月を表しています。
雑節 読み方 日付
(頃)太陽
黄経概 要 土用 どよう 1月17日 297° 冬の土用の入り 節分 せつぶん 2月3日 . 立春の前日 彼岸 ひがん 3月18日 . 春の彼岸の入り。春分の3日前 土用 . 4月17日 27° 春の土用の入り 八十八夜 はちじゅうはちや 5月2日 . 立春から数えて88日目 入梅 にゅうばい 6月11日 80° 梅雨に入る頃 半夏生 はんげしょう 7月2日 100° 半夏(ハンゲ)という毒草の生える頃 土用 . 7月20日 117° 夏の土用の入り 二百十日 にひゃくとおか 9月1日 . 立春から数えて210日目。荒天に注意 彼岸 . 9月20日 . 秋の彼岸の入り。秋分の3日前 土用 . 10月20日 207° 秋の土用の入り 社日 しゃにち 年に2回 . 春分・秋分に最も近い戊(ツチノエ)の日
☆雑節
雑節は24節気と同じように太陽黄経から決めるものと、立春から数えるものなどがあります。雑節の多くは、日本独特の気候や農業・伝統行事と結びついています。
日本の旧暦というのは、明治5年12月2日まで使用された太陰太陽暦の一種の「天保暦」が、習慣的に使用されているものです。
天保暦の定義は次のとおりです。
(a)太陽と月の黄経が相等しい時刻を朔とする。
(b)暦日は京都における地方真太陽時午前0時にはじまる。
(c)暦月は朔を含む暦日にはじまる。
(d)暦月で冬至を含むものを11月、春分を含むものを2月、夏至を含むものを5月、秋分を含むものを8月とする。
(e)閏(うるう)は中気を含まない暦月に置く。中気を含まない暦月が、すべて閏月とはならない。
現在使われている旧暦は、(b)の代わりに、
「暦日は東経135度における地方平均太陽時、すなわち日本時0時にはじまる」
としたものです。
(e)の中気とは、先の冬至、春分、夏至、秋分などで太陽の位置によって決められ、12あります。(24節気表参照)。
中気で1年365日を12に分けると、その一つの期間は平均30日あまりとなります。一方、月の満ち欠けの周期は平均29.530589日なので、1朔望月の中に中気を含まない月ができることがあります。その月が閏月となるわけです。ただし(d)の規定で閏月とならない場合もあります。
旧暦のひと月は29日と30日のどちらかです。30日の月を「大の月」、29日の一月を「小の月」といいます。一般庶民にとって来年のある月が29日なのか30日なのかは、来年の暦を手にして初めてわかることです。また1年が12ヶ月なのか13ヶ月なのかも同様です。なんともおおらかな時代だったものです。
※参考リンク 日本文化いろは事典
西暦(グレゴリオ暦)から、おおまかな月齢を求める計算法です。1日前後の違いがあります。
太陽年(365.2422日)と朔望月(29.53059日)が、ほぼ19年で繰り返すというメトン周期(19太陽年=235朔望月)を応用したものです。
西暦Y年M月D日の月齢A
1962≦Y≦1980 なら C=(Y-1971)×11+M+D
1981≦Y≦1999 なら C=(Y-1990)×11+M+D
2000≦Y≦2018 なら C=(Y-2009)×11+M+D
この式の値Cを30で割った余りがAになります。
ただし1月、2月はさらに2を加えます。
この式の年を表わす数値部分すべてに19を加減すると、ある程度前後の暦年につい
ても計算できます。
[計算例]
2001年1月1日
C=(2001-2009)×11+1+1 = -86
-86を30で割ると商は-2、余り-26 あるいは 商は-3、余りは4
1月なので余り4に2を加えて、答え 6
暦を見てみると、21時の月齢が6.8となっています。
| 暦 法 | 編纂者 | 始行年 | 西暦(時代) | 行年 | 備 考(西暦年) |
| 元嘉暦 | 何承天 | 持統天皇6年 | 692(飛鳥) | 5(注1) | 中国・宋朝に制定(443)・朝鮮を経て渡来した太陰太陽暦・平朔(注2) |
| 儀鳳暦 | 季淳風 | 文武天皇元年 | 697(飛鳥) | 67 | 中国・唐では「麟徳暦(665・作成)」の名・定朔 |
| 大衍暦 | 僧一行 | 天平宝字8年 | 764(奈良) | 94 | 中国・唐(729・作成) |
| 五紀暦 | 郭献之 | 天安2年 | 858(平安) | 4 | 中国・唐(763・作成) |
| 宣明暦 | 徐 昴 | 貞観4年 | 862(平安) | 823 | 中国・唐(822・作成) |
| 貞享暦 | 渋川春海 | 貞享2年 | 1685(江戸) | 70 | 初めて日本で作られた暦 |
| 宝暦暦 | 安部泰邦等 | 宝暦5年 | 1755(江戸) | 43 | 徳川将軍吉宗が改暦を企画したとされる |
| 寛政暦 | 高橋至時等 | 寛政10年 | 1798(江戸) | 46 | 西洋暦法を取り入れる |
| 天保暦 | 渋川景佑等 | 弘化元年 | 1844(江戸) | 29 | 不定時法(注3)と定気(注4)を採用 |
| グレゴリオ暦 | リリウス等 | 明治6年 | 1873(明治) | 130 | 西洋・カソリック教国で改暦施行(1582)・太陽暦 |
注1:寛弘5年(1008)ころ成立した「政治要略」に、「推古12年(604)正月より始めて暦日を用いる」とあり、これが元嘉暦であれば行年は93年となる。
注2:太陰太陽暦の朔日(ツイタチ)の決め方。月の平均朔望周期で決めるのを「平朔」という。元嘉暦は平朔法である。これに対し月や太陽の真運動をもとに朔の時刻を決定し暦を作る方法を「定朔」と呼ぶ。
日本書紀(720・成立)に記載されている日付は、神武から5世紀までは儀鳳暦を平朔で使用し、以後を元嘉暦で計算したものといわれる。
注3:不定時法は一日を昼と夜にわけ、それぞれを6等分する方法(季節によって時刻が変化する)。当時、一般にはこの制度であったが、暦面においては一日を12等分する定時制を用いていた。天保暦では暦面時を俗用時に合せてしまった。
注4:24節気の入れ方で、一年を24等分した長さで「節気」と「中気」を置く方法を「恒気(または平気)」と呼ぶ。一方、太陽の実際の進度で24節気を置く方法を「定気(または実気)」と呼ぶ。寛政暦までは恒気を使っていたが、天保暦では清朝の時憲暦にならって定気にしたため、閏月の置き方が偏るようになった。