「奇しびなる生命の連鎖」
− 宇宙から人間へ −
第1章 生命の起源としての大宇宙
そして、この年(1992年)は次々と新しい発見がありました。そのなかでも特筆すべき発見が、アメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙背景放射探査衛星の観測でもたらされました。
この探査衛星はCOBEと呼ばれ、1989年11月に打ち上げられたもので、1992年(平成4年)4月に発見の発表がなされました。その発見というのは、宇宙背景放射に10万分の3度、比率にして0.001パーセントという、ごくわずかな温度の"ゆらぎ"が存在することを突き止めたことです。

宇宙背景放射探査衛星[COBE]・NASA提供
宇宙は、約150億年前に「ビッグバン」という大爆発によって誕生した、というのが現在もっとも一般的に受け入れられている宇宙モデルです。ビックバン宇宙のアイディアを確立したのはアメリカのジョージ・ガモフ博士(ロシア生まれ)です。しかし、その大爆発にもそのタネとなるものがあったはずです。宇宙が誕生する前の姿はどうだったのか、150億年前の姿は誰も知るよしもありませんが、タネを発芽させる"ゆらぎ"があったと仮定することはできるでしょう。これゆえに、ビックバンは「神の一撃」とも呼ばれているのです。そしてついに、悠久の宇宙原始の時代に、この目にもとまらぬわずかな"ゆらぎ"が存在していたことが発見されたのです。

宇宙背景放射のゆらぎ・NASA提供
・COBEの測定した宇宙背景(3K)放射の天球上での温度のゆらぎ。
図の赤い部分は平均より10万分の3度、温度の高いところ、一方青
い部分は温度の低いところを表わしています。
宇宙にビックバンの名残の電波として「宇宙背景放射」というのがあることが約30年前に確認されました。そして、その温度(絶対温度で約3度、摂氏マイナス270度)は宇宙のどの方向でも一様だ、といわれてきました。ところが、この背景放射が本当に一様ならビックバン宇宙論は成立しないのです。なぜなら、"ゆらぎ"がなければ宇宙は膨張も収縮もできないはずだからです。これは、私たちのまわりで時々発生する"無風"状態のような現象で、このときは、あたかもすべての生物までが息をひそめているような錯覚さえ覚えることがあります。したがって、"ゆらぎ"なしでは銀河の生成もあり得ないのです。
この宇宙論では、この"ゆらぎ"がタネとなります。10万分の3度というのは、私たちの身のまわりでは何の意味もなさないでしょう。しかし、宇宙の年齢150億年にとっては非常に重要な意味を持っているのです。この"ゆらぎ"が存在しなかったら、太陽も地球も、また月の存在もあり得なかったでしょうし、人類の存在もなかったはずです。この"ゆらぎ"に宇宙の生命の流れの原点があるという考え方です。
日進月歩の勢いで進む科学は、ビックバン宇宙論にとどまることなく、理論的にも限りない展開を試み、今や神の領域とされていた宇宙創成の仕組みをも解明しようとしています。ビックバン宇宙論では説明できなかった点、つまり、なぜ宇宙が火の玉になったのか、なぜ宇宙が膨張をはじめたのか、なぜを補足する「インフレーション宇宙論」があります。誕生直後の宇宙が、真空のもつエネルギーによって普通のビックバンモデルとは比べものにならない急激な膨張「インフレーション」をおこし、それが終わると真空エネルギーが火の玉になるというものです。
そして、この桁違いに急激な膨張によって、宇宙本来曲がっていたとしても、見かけ上平坦な宇宙となり、宇宙の地平線をこえる広大な領域まで宇宙が同じ姿をしていることを説明するものです。この論にも当然のことながら問題点が出てきます。
いくつかの創成論の中で、私が興味を抱くものに「無からの宇宙創生」論があります。アメリカのビレンキン博士(ロシア生まれ)が『無からの宇宙創生』という論文を発表したとき、直感的考察による宇宙創成論は多くの科学者に衝撃を与えました。「無」など物理法則では判らないと考えられていた科学者たちのなかに、「何いいかげんなことを」と反論が多かったのも当然でありましょう。そのような論理は、哲学か宗教のなかでのみ通用すると思われたからでしょう。
ところがその後、宇宙物理学者のホーキング博士が宇宙創成からインフレーション、膨張、そして収縮、消滅にいたるすべてを量子論的に取り扱い、それを数学で解明することによって得られたシナリオのなかで、最も確率の高い宇宙進化の経路がビレンキン博士のそれと一致したということです。
私たち素人にとってはその理論の詳細は難解で、容易に理解できるものではありませんが、科学者たちは宇宙の誕生と生命について次々に新しい理論を考え出し、さまざまなシナリオを描いていきます。それらは観測と数字によって実証されていきます。ところが、この広大無辺の宇宙に実態はかくも涙ぐましいばかりの科学者の努力に答えるどころか、次から次へと矛盾点を湧出し、しかも同じ科学者の手による新しい発見要素によってそのシナリオをくつがえしていきます。
しかし、ここで注目すべきことは、人類が現代物理学の基本理論、相対論、量子論などを駆使して、これまで物理学や科学の対象とならぬと思われてきた宇宙そのもの創成について語り始めたことです。ようやく、現代科学が哲学や宗教の領域に足を踏み入れたといえましょう。とはいえ、語られる宇宙創成論はどこまでいっても理論的な発展であって、観測的にはどうかというと、光や電波のような電磁波による観測手段に頼る限り、どのような大型の望遠鏡を使っても、宇宙の創成を知ることはできないということです。現時点ではハッブルの法則によって導かれている、宇宙の年齢150億年を越えて観測することは不可能である、ということです。
