「奇しびなる生命の連鎖」
− 宇宙から人間へ −
第1章 生命の起源としての大宇宙
宇宙からの訪問者(2)
幸いに、一昨年1992年は"惑星地球へのミッション"をテーマとする「国際宇宙年」で、国際連合が定めた国際年の一つでした。ご承知のとおり、国連は各国の政府によって構成されている国際機関です。そして各国政府は国民によって構成されていることは申すまでもありません。したがって、国連が定めることは常に国民の総意であるとは断言できないものの、私たち一人ひとりの意思が相対的に反映されている、ということができます。少なくとも「国際宇宙年」は、国連史上初めてのことだと思われますが、地球上の争いごとや民族間の相克に関係のない宇宙に目を向ける年でしたので、反対する人はほとんどいなかったのではないでしょうか。宇宙に目を向けるということは、逆に宇宙から私たちの住む生命の星・地球に目を向けることでもあります。
大宇宙には、2000億個以上、あるいは説によっては1兆個以上もの銀河が存在している、といわれます。その銀河の中には、天の川銀河とも呼ばれている私たちの銀河よりもはるかに大きいものが無数にあります。1秒間に地球を7週半する光が1年かけて進む距離を1光年と定められていることを、私たちは学校で学びました。また、光の速さは真空中では一定で、秒速約30万キロメートルであることも学びました。この光の速さで測定すれば、私たちの銀河の直径は約10万光年だといわれていますが、この広がりは、宇宙を地球の大きさにたとえると、わずかに学校の体育館ほどの大きさに過ぎないそうです。
さらに、中心にある太陽と最も外側の軌道を廻っている冥王星の間を、光の速さで進んで約5時間半ほどで通過する「太陽系」は、私たちの銀河を人間の体にたとえた場合、1つの細胞の核よりも小さな存在となります。このような比較をすれば、私たち人間個々の存在は、原子よりも小さいほとんど"無"に近い存在にすぎません。しかし、この"無"に近い存在の人間が、150億光年の時空を越えて、宇宙の大生命と目に見えない一筋の糸で結ばれている存在であることに思いを馳せるとき、私たち生命の連鎖の限りない神秘さにふれ、生命の尊厳を自覚できるのです。
結論が先になりましたが、生命の連鎖について稿を進めたいと思います。なお、宇宙の年齢は150億年とも200億年ともいわれますが、拙稿では約150億年として書きすすめます。
すでに人類は、地球を離れ宇宙に飛び立ったかなりの数の宇宙飛行士たちをつうじて
暗黒の宇宙から見た地球に対し、賛美と愛着の心をメッセージとして送っています。その飛行士たちの飛んだ宇宙というのも、たかだか地上300〜400キロメートルに過ぎません。いわば、地球のうすい表面なのです。とはいえ、そのわずかな距離でさえ、地球が人類にとってかけがえのない住み処であることを知るには充分だったのです。
大きな飛躍は1969年、米国のアポロ計画による月面着陸(アポロ11号)によってなされました。
このアポロ計画で宇宙体験をしたある飛行士は、「地上生活が身についた人類にとっては、月面は死の環境でしかなかった。大気圏外の生活は、何億年も昔、若い海にしか住まなかった生物が陸に上がった時に、死の環境の中で順応し生きる手段を身につけた時のように、何億年に一度あるかないかの進化をもたらすのではないか。苛酷な環境でより強い種が生まれることになるかもしれない」という主旨の発言をしています。
これは、過去の地上生物の進化の歴史をたどるとき、さまざまな意味あいから興味ある発言です。
さて、小惑星トータティスは接近 しただけで何事もなく通り過ぎていきましたが、それとは別に、突然日本を訪れた小さな訪問者がありました。それは、トータティスがマスコミを賑していた頃、つまり、1992年12月10日に島根県・美保関町の民家を直撃した「美保関限石」です。その隕石の年齢は46億歳ということです。
隕石とは宇宙空間に漂う小天体が互いに衝突を繰り返すなどして小さく割れ、軌道を外れて地球に落下、到達した岩石のことです。ある資料によりますと、これまでに世界で発見された隕石の数は二千数百個。それ以外に南極大陸や森林地帯、砂漠地帯、海など、人の目に触れにくい地点に落ちたものもあるはずですから、それら未発見のものまで含めますと、地球に到達した隕石の数は相当あることでしょう。私たちが、このわずか数キログラムの隕石に深く限りない関心をいだくのは、年齢も地球と同じであり、原始太陽系星雲の形成時以来の仲間であるためなのでしょうか。しかも地球に到達する前に6100万年もの間、他の隕石とぶつかり会うごともなく宇宙をただよっていたというのです。
私たちが夜空を眺めるとき、ときどき目に入る流れ星は、これらの限石や宇宙のゴミが大気圏に突入する際に大気との摩擦によって燃えつきる現象です。ですから、大気は、人間や他の生物に有害な紫外線が地上に直接降り注ぐのを防いでくれているばかりでなく、宇宙からの落下物から地球生命圏を守る大切な役割を果たしてくれていることがよくわかります。もし大気が遮ってくれなかったら、宇宙空間から小石のような隕石が無数に降ってくることでしょう。
たとえば、大小のクレーターに覆われた月の表面を思い浮べてください。あれは隕石が衝突してできた孔の跡です。月には大気が存在しないために
地球と違って風化されることもなく、そのままの形をとどめているのです。月の回りに大気がないことはアポロ計画はじめその他の科学調査で判明しています。そして、月の石の分析から、月には隕石がたくさん降り注いだことがわかりました。隕石がところかまわず降り注いだために表面が砕けて砂となってしまい、今、月の表面は地下3メートルまで砂で覆われているといいます。

月面・月光天文台撮影
もし地球が大気の衣服で防御されていなかったら、月と同じような運命をたどっていたかもしれません。そう考えますと、大気のありがたさを改めて感謝せずにはおれません。私たちは大気の働きの重要さをこのような現象からも伺い知ることができるのです。
このように「国際宇宙年」は飛び入りの訪問者によって、私たちの目を一層宇宙に向けてくれました。
