「奇しびなる生命の連鎖」
− 宇宙から人間へ −
第2章 ヒトの生命 - 神の大芸術
小宇宙であるヒト
一人の人間(ヒト)もまた地球の誕生と同じように、おそろしく低い確率を経て誕生しています。数億の精子が同じ条件で同じ点から出発して、ひとつの卵子が待つゴールに到達できるのは、通常の場合、ただひとつの精子であることは生理学が証明しているとおりです。
残された精子は途中ですべてギブアップを余儀なくされるという、過酷な生存競争が母胎のなかで展開されるのです。そして、いま地球の人口は56億人を超えたといわれていますが、一人として全く同じ遺伝子を継承している者はいません。ここに私たちは生命の神秘性や尊厳性、重要性を認識することができます。まさしく、神の大芸術と呼ぶほかありません。「生命(いのち)の連鎖」は「生命の循環」でもあり、それ自体神秘に満ちたものである、ということができます。
生物学でヒトであることは細胞の核の中に23対の染色体を有していることと定義づけられています。そして、ご存知のように男女の性を決定づけるものはその中のただ一対の染色体です。XX型が女性で、XY型が男性であることも知られています。このように、一対の染色体の違いが男女の違いになるわけですが、性を決めているのは実は染色体ではなく、その中に組み込まれている「遺伝子」であることが解明されています。

○細胞の中の染色体・(NHK「遺伝子」より)
塩基性色素に染まりやすいのでこの名がある。
この中のDNA(デオキシリボ核酸)に遺伝情報が
含まれている。
ヒトであれ、他の動物であれ、植物であれ単細胞の微生物にいたるまで、遺伝子には遺伝情報が満載されています。遺伝子がもつ情報を解明することによって、生命の本質まで探ろうという計画が進められています。これをバイオテクノロジーといわれる生命工学に応用すれば、病気の早期治療にも役立ちますが、他方、生命操作や生命の複製も可能だといわれています。
最近では、遺伝子の「特許」をめぐって世界の学者がしのぎを削っているという報道を目にすることが多くなりました。もともと人間がつくりだしたものでない遺伝子までが特許の対象になる時代に私たちは生きているのです。果たして、これが正常な世界の流れなのでしょうか。
天空では、宇宙の起源、つまり宇宙の生命の起源をめぐって科学者や天文学者が覇権を競う一方で、肉眼ではうかがうことのできない這伝子をめぐって生物学者が覇権を競うという、極大から極微の範囲で熾烈な競争が日夜展開されているのがきょうの日です。
これらの競争が関係者のエゴ(が我)に基づくものでなく、人類社会の発展のための真理探究につながるものであることを願わずにはおれません。生命の連鎖のなかに調和ある発展をする姿にこそ平和と繁栄があり、それが宇宙の意思に沿うものであると確信するものです。
遺伝子は細胞の中にあります。そして、人間はもちろん、微生物にいたるまであらゆる生命体を構成する基本単位は細胞です。この細胞の大きさはというと、一個が10〜30マイクロメートル。1マイクロメートルというのは1000分の1ミリメートルですから肉眼で見ることは到底できません。
私たちの体は約60兆個の細胞で構成されているといわれています。そして一軒の家が台所、風呂、便所、寝室、食堂、居間、玄関などの機能を備えているように一つの細胞の中に生命の基本的な働きをすべて備えているというのです。人間はよく「小宇宙」にたとえられます。宇宙が億単位の銀河や星で構成されていることはすでに触れました。銀河や星を細胞にたとえれば、全大宇宙は人間の大きさということになりますから、人間はまさしく「小さな宇宙」です。
細胞の三つの機能
生命の基本的な働きとして 細胞は3つの機能を有しているといわれます。その1つが自分と同じものをつくり、子孫を増やすという働きです。これは細胞分裂という形で行なわれます。2つ目は、自分で栄養分を吸収してエネルギー源とし、新陳代謝を行なうことによって自分自身を一定の状態に保つように自己制御する働き。そして第3の機能は、外からのさまざまな情報を取り入れて
外界の環境の変化に即座に対応することができる、というものです。
私たちの体を構成している約60兆個もの細胞の一つひとつが、単独では肉眼で見ることができない微小な物体であるにもかかわらず、宇宙のなかで新しい星を誕生させる働きや、人間が自分の性質を受け継いだ子供を誕生させるのと同じように、自分と同じものをつくり出す働きを行なっているのです。
目をこらして自分の手や腕をじっと見つめていても、いかに視力の優れた人でさえ、肉眼でそのような働きを感知することはできません。細胞にこのような働きを与えているのは、いったい誰なのでしょうか。
太陽と同じくらいの質量をもつ星の場合、原始星(星の卵)の時代はおよそ100万年程です。人間の胎児が母胎内で過ごす期間はおよそ280日ですから、新しい細胞の誕生は、その大きさからして瞬時のできごとなのでしょう。広大な宇宙の大生命から人間の生命、微細な細胞にいたるまで、生命は生き代わり死に代わりして悠久の循環を繰り返しているのです。ここにもまた「生命の連鎖と循環」の神秘さをうかがい知ることができます。
細胞の2つ目の働きである新陳代謝と自己制御を考えてみましょう。最も分かり易いのが、絶えず角質化しつつ更新する表皮細胞です。ちょっとした傷であれば数日できれいな皮膚になります。また、私たち人間は恒温動物で、常に一定の体温(36度5分前後)を保っています。
もし体温を維持できなくなった場合、体内の新陳代謝が阻害ざれ死ぬこともあります。そのために体温が上昇すると汗を出して熱を放出。逆に寒いとき住
皮膚の末梢血管の収縮やふるえなど、体を動かして熱を生む方向へと働いて一定の体温を保とうとします。このように人間の体自体は驚くほど精巧にできています。しかし、人間の行動はそうはいかないようです。
例えば、わが国は旧ソ連に次ぐ世界第二位の食糧輸入国です。にもかかわらず私たち日本人は飽食に慣れ、食生活ではあまりにも無駄が多すぎます。農家の人びとが汗水たらして働いて一年に収穫できるコメの総量が1000万トン強といわれていますが、それに匹敵する量の残飯が出ているという信頼できる統計があります。飽食の結果としての暴飲暴食や偏食、さらに不規則な生活態度がさまざまな病気を引き起こしているといえます。
あるいは近年、悪化の一途をたどっているといわれるオゾン層破壊や酸性雨、地球温暖化は、地球自体からの警告です。さらに環境を汚染、圧迫する大量ゴミ廃棄。このような現在の社会の姿に
ミクロの細胞は私たち自身の体の至るところで歯ぎしりしているに違いありません。
私たちは細胞がもつ生命維持のための基本的な働きからさえも学ばなければならないようです。そして
極大と極微の両方の世界から猛省を促されているのが、21世紀の前夜に生存している人類の姿であるといわなければなりません。
細胞の第3の機能である外部環境への適応性から導き出される教訓は何でしょう。交通手段が高度に発達して地球は狭くなった、といわれるほどに今や地球のどの地点へもジェット機で飛んで行ける時代です。情報や通信手段の発達によって
たとえアマゾンの密林の奥地であれ、ヒマラヤの山頂であれ、地球上のいかなる地点での出来事もリアルタイムで茶の間にいて見ることができるようになりました。
つい半世紀前には夢であったような、地球の外から自分たちの惑星を眺めることもできます。100億光年かなたの宇宙の姿や、宇宙のなかで新しい星が誕生し、また死んでいく姿をも観測できる時代です。
人類はこれほどの科学技術の発展を謳歌しながら、外部および内部環境の変化に速やかに対応しているのでしょうか。たとえば人口問題です。現在、世界人口の4人に3人が発展途上国に住んでいるといわれていますが、2050年には10人のうち9人までが途上国に生まれて、そこで一生を終わるだろうと予測されています。
そして これら発展途上国に住む人びとの大多数が、貧困、飢餓、栄養失調。病気との闘いで一生を終えることになります。ここには数億個の精子同士の競争にただひとつ勝ち抜き、卵子と結びついて宿された生命が人間としての童要な役割をもって誕生しながら、生命の尊厳さを味わうこともなく一生を終えるという現実があります。
その数のあまりの多さを直視するどき、この一例だけでも人類は環境の変化に速やかに対応できなかったことを反省しなければならないと思います。
ヒトの体内では、細胞が外部環境に速やかに適応する機能を失ったときに発生するものが癌はじめ諸々の病気です。今、世界の焦点となっているエイズもそうでありましょう。地球規模では環境悪化がその最たるものといえましょう。癌やエイズがそうであるように、早期発見と治療を怠れば死を待つのみです。もちろん、予防に勝る薬はないわけですが、自覚症状のないままに病気にかかってしまうこともありますから、早期発見と治療が肝心です。
