「奇しびなる生命の連鎖」

− 宇宙から人間へ −

  第4章  奇しびなる生命の連鎖と循環

    神霊元子が充ち満ちる宇宙

 ところで、その半生余を神道の研鑚に捧げたオイスカの創立者中野興之助翁は、神道でいう「高天原に神集ります」の「神」に「神霊元子」の名を贈りました。

「宇宙大空は広大無辺に広がっているが、単なる空間ではなく、そこには一分一厘のすき間もなく神がつまって活動している。これを宇宙霊界として観るとき、霊眼霊耳で観分け、聴き分け得る霊子である。これを神霊元子と申す」
   「科学が証明する原子より素粒子よりさらに極微に活動するざまは、玄々妙々、無始無終、至大無外、至小無内、至粋至純、人間の言葉で称えきれない至尊である」

と述べています。

 人間はじめ万物をのせた地球は太陽系のなかの一つの惑星です。その太陽系を含む直径約10万光年の典型的なこの銀河は約2000億の星とガス、塵からなる巨大な天体です。そのような銀河が2000億個以上存在するという大宇宙は、人間の言葉では果てしない、時間的には永遠という以外ありません。

それらの無数の天体に生命を送り、生死を繰り返させる循環を与える力は一体どこから送られてくるのでしょうか。ほかでもない宇宙大空間です。神集ります宇宙、すなわち神霊元子が充満する宇宙は大生命そのものと考えられます。
 生命なるが故に一時の休みもなく活動し、関連し合いながら生命生活を営んでいます。生命あるものは極大の宇宙の天体から地球、そして人間、動物、植物、極微の細菌、微生物に至るまでこの大生命の流れのなかにあります。一物たりともこの路線をはずれて存在するものはないでしょう。 

       

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  人知を超えた大生命の流れと一つの意思

 さらに中野興之助翁は、

「大なる宇宙の創造の起源において、一点の兆(きざし)が現われた時、そこには必ずや創造の意思が存在した筈である。宇宙意思は動かざるものであるが、厳然として存在する。その意思が目的をもって流れて働くときを、大精神という」

と述べています。

 広大無辺の大宇宙にその起源以来連綿と繰り広げられている大造化作用は、果てしない宇宙大産業であり、到底人間の知識や力で想像の及ぶものではありません。宇宙に誕生と崩壊、すなわち、生と死という生命のドラマが際限なく繰り返されていることは前にふれたとおりです。この人知を超えた大生命の流れがただ漠然と無目的に働いているとは思われません。必ずやそこには、そのすべてを統率する一つの意思が存在すると確信するのです。

 その宇宙意思の目的は何か。それこそが、その起源より生命を育むことであり、未来永劫に大生命を流すことでありましょう。人間生命と同じく、幾久しき世代にわたり生死が繰り返され、現在も、そして悠久の未来へ向けて宇宙の大生命は意思を受けて流れることでしょう。極大から極小へ。至らざるところなき生成発展、一瞬たりとも止まることを知らず、唯ひたすら産業し、宇宙の万有万生すべてのものと関連し合いながらの宇宙産業です。

 その昔、世界の科学者たちは宇宙の様相をカオスと理解しましたが、ニュートン力学の法則以来、宇宙に秩序を認めました。最近、再びカオス説がでてきましたが、しかし、よく調べていくとそのカオスにも一つの法則、秩序があると科学書には解説されています。

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  永遠なる生命

 生命とは、地球上に形ある体をもったものだけに「生命」という言葉をあてはめる世俗の常識から見ればおとがめを受けましょうが、その実態は、「生命」の流れが母なる地球の生命のなかに、ひいては宇宙生命のなかに脈々と流れている、ということを強調したいのです。
人間の肉体一つをみましても、肉体が死して火葬されるにしろ、土葬されるにしろ、水葬されるにしろ、他のバクテリアや微生物によって分解され、大地に帰り大地の要素になることは間違いありません。
 その意味で生命は自分だけ、この世だけでなく、形はなくとも、微細な(顕微鏡的)物質要素としては永遠に続くことになります。
 「生命」の真髄は、このモノとしての要素だけではなく、「たましい」とも呼ばれる霊魂の永遠性でありましょう。それを永遠なるものになさしめるのが、宇宙の大精神、大生命への連鎖であります。人を霊止(ひと)と読ませたのは古人の知恵でしょうか。あるいは、本能的なものがそう読ませたのでしょうか。
このようなことからも、人は霊性の向上、精神向上が物質的向上とともに不可欠なものであり、人間の本性であると言えるのです。
 この地球上に肉体をもって生命を授けられるということが、どれほど価値ある尊いものであるかを知ることが大切です。一個の生命を生む前に、父母の肉体は決定的ですが、父母の肉体も含めて、その背後に働く大生命の流れの法則と秩序のなかにあることを忘れてはならないと思います。ここに人間としての踏み越えてはならない慎みと、守らなければならない生命倫理があります。

 

 

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