- 2007 - 9月 -


☆企画展「宇宙へのあゆみ」

            * 宇宙開発50年と未来 *
             <月光天文台・創立50年>  

 ・主 催:(財)国際文化交友会 月光天文台
 ・期 日:平成19年9月15日(土)〜12月25日(火)  ▲木曜休館
 ・会 場:月光天文台・本館

 人工衛星打ち上げ50年

 今年は、世界で始めて人工衛星が打ち上げられて50年になります。
 以来、次のような出来事がありました。

1957年:世界初の人工衛星・スプートニク
1969年:人類、月に到達
1970年:日本初の人工衛星・おおすみ
1976年:バイキング1号、2号、火星に軟着陸
1977年:ボイジャー1号、2号打ち上げ −> 12年後、2号が海王星に接近観測
1981年:スペースシャトル初飛行
1990年:ハッブル宇宙望遠鏡打ち上げ
1990年:秋山豊寛氏、ソ連のソユーズで宇宙へ(日本人初の宇宙飛行)
1992年:毛利衛氏、米のスペースシャトルで宇宙実験
2007年:月探査機・かぐや


 などなどほんの一部です。宇宙開発50年を振り返り、未来を展望します。
 なお1955年には、東大の糸川英夫博士が、ペンシルロケットの発射実験を公開しています。
 ソ連の人工衛星打ち上げの2年前です。


 ■宇宙時代の幕開け(1950年代後半)

 人類の活動が初めて宇宙に及んだのは、1950年代の後半のことでした。
 旧ソ連は1957年10月4日、世界初の人工衛星・スプートニク1号を打ち上げ、世界をアッといわせました。驚いたアメリカは、すぐ人工衛星を打ち上げようとしましたが、グレープフルーツくらいの人工衛星を打ち上げるのに成功したのは、翌年の1月末でした。
 宇宙開発のスタート時に、追撃する立場に立ったアメリカに迷いはありませんでした。

 ■月へ(60年代)

 1961年4月12日、ソ連は世界で初めて有人宇宙飛行を実現しました。ソ連のボストーク1号に搭乗したガガーリン少佐の、「地球は青かった」という言葉はこれからも語り継がれることでしょう。
 有人宇宙飛行においてもアメリカはソ連の後塵を拝しました。1961年5月、アメリカ大統領であったケネディは「60年代のうちに人間を月に送る」と宣言し、アポロ計画がスタートしました。

 ついに1969年7月20日(日本時間21日)、ニール・アームストロング船長は月着陸船から月面に降り、「この一歩は一人の人間にとっては小さいが、人類にとっては大きな一歩だ」とテレビ中継で語りました。
 史上初めて人間が月面に到着した瞬間でした。

 ○日本初の人工衛星は、その翌年打ち上げられ、「おおすみ」と命名されました。発射場のあった鹿児島県の大隈半島にちなむものです。自力での人工衛星の打ち上げは、ソ連、アメリカ、フランスに次ぐ、世界で4番目の国となりました。

 ■惑星へ(70年代)

 70年代になると、宇宙探査の目は他の惑星へと向けられました。

 ○地球の内側の金星と、すぐ外側の軌道を回る火星には、すでに60年代から探査機が送られていました。

 1973年には米のマリナー10号が金星を、つづけて水星の探査を行いました。これまで太陽にもっとも近い惑星である水星を探査したのは、マリナー10号だけです。
 ※水星には、2004年8月4日に米のメッセンジャーが打ち上げられ、2008年には接近観測が試みられる予定です。
  また日本とヨーロッパ共同の水星探査「ベピ・コロンボ」計画も進められています。

 ○火星には、1975年バイキング1号、2号が打ち上げられ、翌年、あいついで軟着陸に成功しました。地球以外の惑星では初めての生命探査が行われましたが、生命存在の証拠は得られませんでした。
  火星の探査は60年代の半ばから始まり、すでに40年以上が経過しています。

 ○世界初の木星型外惑星探査機は、1972年打ち上げのパイオニア10号で、翌年には11号が旅立ちました。まさしく「開拓者」としての両機は、木星と土星の観測に成功し、太陽系の果てへと飛んでゆきました。

 ○この成功を受けて、1977年、本格的外惑星探査機・ボイジャー1号と2号が打ち上げられました。
  ボイジャー1号は、2号より2週間ほど後の9月に打ち上げられ、より速いコースを進んで2年後の3月に木星、3年後の11月に土星に接近して数々の観測成果をあげ、その後太陽系の平面を離れて北の方向へ飛び去りました。
  航海者・ボイジャー1号は、’90年に太陽系を鳥瞰した画像を送ってきました。そこでは、地球は青いかすかな点にしか見えませんでした。

 ○ボイジャ−2号は、1977年8月の打ち上げより2年後の7月に木星へ、4年後の8月に土星に接近して各種の観測を行いました。さらに2号は、太陽系の外惑星が直線状に並んでいたのを好機として飛行を続け、9年後の1986年1月には天王星に接近、12年後の1989年8月には海王星に接近し、前人未到の両惑星本体や衛星の
目の覚めるような画像を送ってきました。

 ○現在、2006年1月に打ち上げられた冥王星探査機・ニューホライゾンズが、2015年の冥王星の接近観測に向けて飛び続けています。

 ■スペースシャトルとハレー彗星(80年代)

 1981年4月、アメリカはスペースシャトル・コロンビア号の初飛行に成功しました。こうして地上と宇宙空間とを、人間を乗せて往還する(使い捨てでない)乗り物が誕生しました。有人宇宙飛行をこれほど身近に感じさせた乗り物は他にありません。

 ※ロシアでは、1967年からのソユーズ型宇宙船を、改良しつつ今でも使っています。

 7人乗りのスペースシャトルは、現在に至るまで宇宙往還機の花形ですが、2010年で運用を終えることが決まっています。1986年にチャレンジャー号が打ち上げ直後に爆発、2003年にはコロンビア号が地球帰還時に爆発し、尊い犠牲者を出しました。2度の痛手を経て再開されたスペースシャトルですが、構造的弱点を指摘され、より安全な乗り物へと転換が図られています。


★ハレー彗星の回帰
 1986年、ハレー彗星が76年ぶりに太陽に近づいてきました。これを観測するために、欧米、旧ソ連、日本が彗星探査機を打ち上げました。
★超新星SN1987A
 1987年2月、マゼラン大星雲で超新星爆発が起こり、日本のニュートリノ観測装置カミオカンデがこれを捉えました。

 ■日本人が宇宙へ行き、ハッブル宇宙望遠鏡が活躍(90年代)

 1990年12月、ソ連のソユーズにより、TBS記者の秋山豊寛特派員が宇宙へ旅立ち、日本人最初の宇宙飛行士となりました。

 日本の公的組織・宇宙開発事業団の宇宙初飛行は、毛利衛氏により、アメリカのスペースシャトル・エンデバー号で実現しました。1992年のことで、「ふわっと’92」と名づけられ、微小重力のもとで37もの実験を行いました。
 その後、向井千秋さん(2回)、若田光一氏、土井隆雄氏が90年代にスペースシャトルで宇宙に行きました。


●ハッブル宇宙望遠鏡
 1990年4月、スペースシャトル・ディスカバリー号により、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)が、地球を回る軌道に放出されました。
 ’93年12月には、HSTの不具合を修理するため、スペースシャトル・エンデバー号が打ち上げられ、修理の結果、はるかに鮮明な画像が得られるようになりました。メンテナンスのため宇宙にまで出張、という離れ技はスペースシャトルの本領発揮でした。
 大気の揺らぎのない宇宙に置かれた直径2.4メートルの望遠鏡は、驚異的な天体の姿を我々に見せてくれ、天文学の新しいページを開いたともいわれます。
 HSTは、2013年まで運用される予定です。


★20世紀の終末期は、壮大な天文現象が続きました
 1994年:木星とシューメーカー・レビー第9彗星との衝突
 1996年:百武彗星出現
 1997年:ヘール・ボップ彗星出現

■「再び月へ」、そして日本の再生(2000年代の初め)

 2003年の夏、火星が6万年ぶりという地球大接近となりました。
 このチャンスにアメリカとヨーロッパは、それぞれ無人の火星探査機を打ち上げました。
 このとき、日本の初の火星探査機「のぞみ」は、ついに観測を断念しました。
 また国産液体燃料ロケットH2Aも失敗が重なりました。
 しかしその後、日本は次のような探査機を続々と打ち上げています。

 2003年5月9日:小惑星探査機「はやぶさ」
 2005年7月10日:X線天文衛星「すざく」
 2006年1月24日:地球観測衛星「だいち」
 2006年2月22日:赤外線天文衛星「あかり」
 2006年9月23日:太陽観測衛星「ひので」
            ※国産固体燃料ロケットM5による最後の打ち上げ
 2007年9月14日:月探査衛星「かぐや」


●月への探査計画
 中 国 :嫦娥(チャンア)計画  :2007年1号機打ち上げ予定
       ※中国は2003年5月、神舟5号により有人宇宙飛行(世界で3番目)
 アメリカ:ルナ・リコネサンス・オービター  :2008年打ち上げ予定
 インド :チャンドラヤーン     :2008年打ち上げ予定
 ロシア :ルナ・グローブ      :2012年までに打ち上げ予定
 ヨーロッパ:未定(2003年9月打ち上げの「スマート」の後継機?)

■宇宙への人類の進出は今後もとどまることはない

 宇宙の探査は人工衛星だけではなく、あらゆる電磁波やニュートリノなどで行われています。しかし宇宙の中で観測にかかるのは4%ほどで、残りの宇宙はダーク・マター(23%)、ダーク・エネルギー(73%)によって占められているといわれます。
 宇宙の探査に限りはありませんが、科学技術は平和的利用こそ人類に許された道ではないでしょうか。

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