20世紀の科学
-- 物質と宇宙の探求(年表) --
(1900年) プランク 黒体放射を、エネルギーの最小単位「量子」で説明
1905年 アインシュタイン 特殊相対性理論・光量子仮説・ブラウン運動理論
1908年 ラザフォード α粒子がヘリウムの原子と実証
1911年 ラザフォード 原子核の発見と原子の土星型模型
1913年 ボーア 水素原子の模型(電子の軌道)
1916年 アインシュタイン 一般相対性理論
1916年 シュバルツシルト 一般相対性理論よりブラックホールの存在を示唆
1917年 アインシュタイン 静止宇宙モデル提唱(宇宙項の追加)
1917年 ド・ジッター 宇宙モデルの3解(宇宙項の意味)
1922年 フリードマン 膨張宇宙モデル解(重力方程式、宇宙項なし)
1925年 ハイゼンベルグ他 量子力学の誕生(不確定性原理など)
1927年 ルメートル 膨張宇宙モデル提唱(重力方程式、宇宙項あり)
1929年 ハッブル 銀河の後退速度より膨張宇宙を発見
1946年 ガモフ ビッグバン宇宙論提唱(火の玉宇宙・背景放射)
1957年 ソ連 世界初の人工衛星打ち上げ
1965年 ペンジャス/ウイルソン 宇宙背景放射の発見(3K:背景放射)
1967年 ペンローズ/ホーキング 相対論より特異点定理を提唱
1969年 アメリカ・NASA 人類初めて月へ到達
1976年 ワインバーグ/サラム 電弱統一理論
1980年 佐藤勝彦/グース インフレーション理論(統一理論+相対論)
1983年 佐藤文隆+方励之 多重連結宇宙モデル提唱
1983年 ルビア他 Z粒子・W粒子の発見(CERN加速器)
(電弱統一理論の確認)
1983年 ビレンケン 無からの宇宙創世(トンネル効果)
1986年 ゲラー他 銀河分布の泡構造発見
1992年 NASA(ストーム他) COBE背景放射のゆらぎ観測
20世紀の科学
20世紀はまさに科学文明が爆発的に花開いた時代でした。科学の探求の流れは物質から宇宙へ、宇宙から生命へと今なおとどまることを知りません。
ここで少し20世紀の科学の流れを、物質と宇宙を中心に概観してみましょう(というよりつまみ食いかな)。
20世紀が始まる直前の1900年、プランクは黒体放射の現象を、エネルギーの最小単位を想定することで説明できることに気づきました。誰もエネルギーに最小単位があるとは思っていないときです。プランクはこれを「量子」と名付けました。
1905年はアインシュタインが歴史的な3つの論文を発表した年で、「奇跡の年」といわれます。それは「特殊相対性理論」、「ブラウン運動の理論」、「光量子仮説」です。とりわけ特殊相対性理論は、時間と空間の絶対性を否定し、エネルギーと質量が同等であるなど、それまでの常識をくつがえすセンセーショナルなものでした。アインシュタインの仕事は、古典物理学を集大成したものともいえます。
相対性理論は、まず等速度で運動する「慣性運動系」に限られた「特殊」なものでしたが、1915年、加速度運動系や回転運動系にも拡張され、「一般相対性理論」として発表されました。これ以降、時間や空間を含めた宇宙そのものを「科学的」に扱えるようになったのです。
さて19世紀の末ころには、電気力や磁気力の解明が進み、また万有引力による運動法則により、自然界のほとんどの現象は解明されたと考えられていました。(古典物理学)
1885年、レントゲンは、真空放電の実験をしているときX線を発見しました。放電管に高い電圧をかけたところ、光があたっていない場所の蛍光板が発光し始めたのです。彼はこの未知の放射線をX線と命名しました。
翌1886年、ベクレルはウラン化合物からやはり謎の放射が出ていることを発見し、放射線あるいはベクレル線と呼ばれました。
これらの現象が、20世紀の科学の中心的分野となる原子核物理学の入り口であるとは、知る由もありませんでした。
やがて放射線にはα、β、γの性質の異なる3つの成分があることがわかってきました。1908年、ラザフォードはα粒子がヘリウムの原子であることを明らかにしました。今ではβ線は電子の流れ、γ線は強力な電磁波であることが知られています。
ラザフォードはさらに、このα線を薄い金箔などに当て、原子に内部構造があることを示しました。彼は中心に原子核があり、その周囲を電子がめぐる、いわゆる土星型モデルを考えました。これに刺激された若きボーアは、1913年、水素原子のモデルを提唱しました。それは原子核をめぐる電子が、ある条件のもとで安定した軌道を描くというもので、「ボーアの水素原子モデル」と呼ばれます。
こうして原子内部の構造や電子のふるまいがさらにくわしく究明され、近代物理学・量子論へと発展していきます。
1925年、若きシュレディンガー、ハイゼルベルグ、ディラックらは行列力学や不確定性原理などを立ち上げました。原子のミクロな世界を究明する数学的道具や基本原理を獲得し、量子力学が本格的に展開されます。量子力学の指導的立場となったのがボーアです。
量子論の世界は、我々が目で見たり経験して知る直感的な世界とはあまりにも違った、確率論的な宇宙です。そこに登場する原子、電子、光子などは、粒子と波動という2つの側面を見せたり、有と無の間をゆらいだりします。
原子の世界の究明は、原子核が「陽子」と「中性子」からなっていることを示しました。また陽子と電子の中間ほどの重さの「中間子」、幽霊のように何物ともほとんど反応せずエネルギーだけを持ち去る「ニュートリノ」の存在も明らかになりました。
さらに陽子や中性子あるいは中間子は、単独には取り出せない「クオーク」によって構成されているといわれます。この不可分の素粒子にクオークと名付けたのはマレー・ゲルマンです。
現在の宇宙は、原子核を結びつける「強い力」、放射性元素がβ線(電子)を放出して別の元素に変わる現象(β崩壊)にかかわる「弱い力」、そして目に見える「電磁力」と「重力」の、基本的な「4つの力」によって成り立っています。そしてこの4つの力は、宇宙の始まりの高温・高エネルギーの状態では区別がつかなかった、つまり一つのものだったということです。
ところで1916年に一般相対性理論を発表したアインシュタインは、これが宇宙を扱えることに気がついていました。同じ年、ドイツの科学者シュバルツシルトは、相対性理論から因果の地平を越える領域(ブラックホール)の存在をいち早く示しました。彼はその年、第一次世界大戦に従軍し亡くなっています。
アインシュタインは、翌1917年、引力でつぶれてしまわないよう、お互いに反発する力を意味する「宇宙項(宇宙定数)」を付け加えて「静止宇宙モデル」を提唱しました。当時、誰が見ても宇宙は永遠に不変で静的そのものと思われたからです。しかし一般相対性理論は、その後さまざまな条件で方程式が解かれ、多様な宇宙モデルを示すことになります。
同じ1917年、ドジッターは相対論から、宇宙定数があるものの物質がまったくない宇宙モデルを解きました。これは無限の過去から宇宙が収縮し、ある大きさになると跳ね返り、無限に大きくなっていくというもので「ドジッター宇宙モデル」といわれます。
1922年、フリードマンは宇宙定数のない方程式を解きました。それは宇宙の曲率(空間の曲がり具合)によって、無限に膨張したり、あるいは収縮に転じて大きさがゼロになってしまうというものでした。現在、宇宙の曲率やエネルギー密度によって宇宙の未来が決まるといわれるのは、このフリードマンモデルに基づいています。
1927年、ベルギーの神父ルメートルによって、宇宙定数がある場合の宇宙モデルが示されました。このルメートル宇宙でも、フリードマンのものと同様に宇宙の膨張が予言されています。しかしアインシュタインは永遠不変な宇宙に対する信念が強く、この結果を受け入れなかったといわれます。
ハッブルは、ウィルソン山の100インチ(2.54m)望遠鏡で銀河までの距離を調べていました。そして銀河が我々の銀河系とは別の星の群れ「島宇宙」であることを明らかにしました。さらに島宇宙(銀河)の視線速度の分析を行い、すべての島宇宙が地球から遠ざかっており、その速度は地球からの距離に比例すると発表しました。ルメートル宇宙モデルが示されて2年後の1929年のことでした。とうとう観測的に宇宙の膨張が確認されたことになります。
1946年、ガモフは宇宙の始まりは火の玉状態で、それが膨張して冷えるにつれさまざまな元素が作られたと考えました。そして昔の高温の放射が、宇宙が膨張した結果低温になり、現在の宇宙に漂っているはずだと予言しました。
1965年、人工衛星との宇宙通信の研究のため、アンテナに感知される雑音の原因を調べていたペンジャスとウイルソンは、どうしても除去できない雑音を除くために液体水素で観測機器を冷やしたりもしました。この最後の雑音こそ、ガモフが指摘した宇宙の高温時代の名残だったのです。この宇宙のあらゆる方向からやってくる雑音は、3K背景放射と呼ばれ、膨張宇宙の証拠とされ、宇宙は変化しないという定常宇宙論を葬り去ってしまいました。
1976年、ワインバーグとサラムは、β崩壊を起こす「弱い力」と「電磁力」が、あるエネルギーレベルでは同一のものであったという「電弱統一理論」を提唱しました。この理論から予言されたZ粒子とW粒子が、1983年、ヨーロッパのCERN加速器によって発見されるにおよび、電弱統一理論は不動のものとなったのです。
この2つの力に、原子核を結びつける「強い力」を統合した理論を「大統一理論(GUT理論)」、さらに重力まで含めた理論を「超統一理論」と呼びます。
1980年、日本の佐藤勝彦とグースは独立に、宇宙の初期(ビッグバンの前)に、宇宙が急激に膨張したという論文を発表しました。これは経済用語を用いてインフレーション理論と呼ばれます。このインフレーションによって宇宙の曲率がほとんどゼロになるなど、宇宙論的困難を克服しています。
NASAのCOBE衛星による、3K宇宙背景放射の精密観測は、1992年に発表され、インフレーション理論による予測を指示する結果となりました。
…とビッグバン宇宙論を軸とした20世紀の科学の流れをかいつまんで振返ってみました。宇宙は遠くを見るほど昔が見えてきます。現代の大望遠鏡は、まさに宇宙の始まりのころを見ようとしているのです。
現代の大宇宙も、その初期においてはミクロな宇宙だったとすると、マクロの宇宙を扱う相対論ではなく、量子論を用いなければなりません。ホーキング、ペンローズ、ビレンケンたちは、宇宙の初期に量子論を応用しようとしているとのことです。ところが相対論と量子論はうまく整合しないといわれます。
ともあれ極微な世界の追求が、大宇宙の解明につながっているというのも不思議なことです。
21世紀の科学
果たして21世紀の科学はどうなるのでしょうか。生命科学が盛況を迎えるのでしょうか。人間が生命を操作できるというのはかなり危険な感じがします。自然への謙虚な心を失ったとき、人類は存亡の岐路に立たされるかもしれません。