「情報文明の日本モデル」坂村健著・PHP新書より
坂村健氏はかつて、1980年代に、TORN(トロン)というOS(オペレーテング・システム)を提唱した東大の教授である。TORNはアメリカの圧力を受けてか、パソコンのOSとしてはほとんど普及しなかった。しかしそれは家電製品や産業用コンピューターのOSとして広く普及している。今、やっと社会がTORNに追いついたのだ、という。
その坂村氏のインターネット活用の理念が、この著書にあふれている。その一部を紹介してみよう。
・IT(インターネット・テクノロジー)は「効率化」と「分散化」をもたらす
ITというのは、情報流通の分野で「効率化」と「分散化」をもたらす。ITの導入によって効率化がすすむと、書類などを扱うホワイトカラーの仕事は極端に少人数で間に合うようになる。効率化は結果としてホワイトカラーのリストラとセットになっている。
また「分散化」とは何だろう。もともとITは、米ソの冷戦時代、核弾頭などによって国の中枢にダメージを受けた場合、別の場所から対応ができるようにという、アメリカの軍事戦略から構築されたものである。したがってIT化を進めるほどに、中央の権限は地方に分散される。もし政府が中心となってIT化を推進するならば、「税金を使う権限」をどこまで分散できるだろうか。はたして日本の政府に、それができるだろうか。
・ITは単なる道具
ITは無色透明な道具にすぎない。世の中をどのように変えていくかは、それを使う人間自身が決める。
いまさらアメリカ・モデルを追いかけても意味がない。アメリカ・モデルとは、「常時接続可能でかつ大容量の高速回線を全国に張り巡らし、さまざまなeビジネスが生まれ、経済が活性化する」というものだ。韓国で実現し、日本でも急速に進展している「ブロードバンド構想」はその一つだ。
しかしアメリカでは、2001年になって経済が失速し、アメリカ型ITモデルは考えたほどビジネスにならないことが明らかになっている。いわゆる無料サービス、無料ニュースサイト、無料プロバイダなどは、すべて失敗している。
5年前のアメリカ・モデルを追及したところで、5年後にはアメリカが経験した失敗にたどりつくだけだ。21世紀は、アメリカ・モデルに頼らず、日本流のモデルを創造することが必要である。
そこのところ、日本を完全にアメリカ型にしてしまうのか、そうではない新しいモデルを構築するのか、社会や文化を見据えた議論が必要である。
・問題をかかえるIT
ITは環境・エネルギー問題の悪い要素となりうる。インターネットを稼動させるコンピューター(サーバー)は多量の電力を消費し、その台数は増える一方である。ITはエネルギーの消費を促す要素となっており、環境に好ましいものとはいえない。
また電子商取引の安全性の問題も解決されていない。さらに不正アクセスやサイバーテロなど、さまざまな問題を抱えている。もしITが社会のインフラとして欠かせないものなら、それを破壊することは水爆や原爆に匹敵する。
またITがインフラ(社会の基礎となる施設)であるとするならば、ほとんどのパソコンのOSやブラウザが一巨大企業(マイクロソフト)の独占状態にあるというのは利用者にとって不利益といわざるを得ない。その内容はブラックボックスで改良はできず、当社によるバージョンアップを待つしかない。またそのバージョンアップを受け入れなければ、IT機能に支障が出るというのも困ったものだ。公共のインフラとして認知されるためには、オープン・アーキテクチャ-(公開されたシステム技術)とすべきであろう。
・21世紀に求められる文化戦略
インターネットの性質は「違い」から対立や葛藤を生むのでなく、「違い」を生かし楽しむ能力である。文化の特徴は「違い」にあり、その「違い」を理解し、楽しむことが21世紀の世界であろう。その意味で21世紀は「文化の世紀」であり、「多様性の時代」とも言い換えられる。このとき必要なのは「違いが表現できるコンピューター」である。
日本は長い歴史と文化を持ちながら、文化の面でイニシアティブ(主導権)を取れないでいる。ODA(政府開発援助)と称して海外に大金をつぎ込んでも、日本が自国の文化を世界に知ってもらおうとする発想はまことに少ない。日本のように文化を軽視する国も珍しい。日本文化で世界を圧倒しようというのではない。世界にはさまざまな文化がある。お互いが他にない文化を出し合っていくことに意味がある。アメリカにもヨーロッパにもないものが日本の文化にあるならば、それを発信することが大切である。
というわけで、アメリカの軍事戦略からスタートしたコンピューター、ITであるとしても、多様性を認める文化の戦略をもって活用していけば、大きな福祉となるだろう。人々が異文化に触れ合って楽しむのが「文化の世紀」である。「日本の文化戦略」が求められている。
アメリカに追従するのではなく、コンピューターの世界で日本発、アジア発の世界標準をつくり出すことである。世界を制覇して大もうけというアメリカ・モデルとは異なる、多様な文化を生かしあう、日本モデルを目指すべきであろう。これは21世紀の理想への挑戦である。
<セツ>
2000年1月にインターネット上でホームページを開設して2年余りになります。その間に経験したことの一部を、文化欄をお借りして少しまとめておきます。すでにインターネットに親しんでいる人にとっては、あたり前じゃないか、といわれそうですが、これからと思っている人に参考になれば幸いです。初心者ベガのインターネットのイです。
○ホームページを作る
ホームページを作るのには「IBMホームページビルダー」を使いました。それには分厚い「取り扱い説明書」が付いていましたが、もっぱらNHKの「ホームページはむずかしくない」を参考にしました。
こちらは‘98年の「NHK趣味悠々」のテキストで、買ってから1年余り寝かしておいたものです(すぐに着手できる環境でなかった)。最低限こうやればこうなる、というわかりやすいものでした。IBMホームページビルダーも、その付録CDの3ヶ月体験版からのスタートでした。
○プロバイダの選定
プロバイダなどとの契約はW氏がやってくれました。今でもシステム設定に関しては、ベガ自身あやしいところがあります。メールの設定、IPアドレス、ドメイン、プロバティ、ブラウザ、FTP、CGI等々、いっぱい用語を覚えなくてはなりません。英語をそのまま使っているものは、英語の知識があれば理解が早いかもしれません。
なかにはハードデスクのクラッシュ、プロバイダの移転などにともない再構築に必要な暗証番号やパスやキーワードがあって、しかるべくノートなどに記録しておかないと、後々困ることになります。
○サーバーへアップロード
ftpソフトで、ホームページの内容をサーバーへ送ります。はじめてアップしたときはやはり嬉しいですね。
北海道の方から、思いがけずお問い合わせのメールが来たのも嬉しかったな。
ホームページを更新したり内容を加えたりしていくのは、自分のペースをつかむことが大事でしょう。楽しむコツですね。
○リンクを張る
インターネットの良いところは、次々に関連のホームページに行けることです。自分のホームページができたら、つなげたい関連のホームページの「管理者」、「HP担当者」さんにリンク依頼のメールを送ります。マナーですね。「リンクフリー」で、ご自由にリンクしてくださいというのもあります。
また誰かが、こちらのサイトにリンクを張りたいという時には、そのようなメールが来ます。
○アクセスカウンター
どのくらいの人が、そのホームページを見に来たかを数えるものです。つければつけたで気になるものです。
○ホームページの宣伝
ともかく、ホームページを作ったら、やっぱりみんなに見てもらいたいですね。次にやるのは「ホームページの宣伝」です。地道な努力です。
★宣伝その1. 知り合いに紹介
できる限りの知り合いに、ホームページを開設したことを伝えます。また印刷物にも、URLアドレスを表示します。
★宣伝その2. 検索エンジンに登録
インターネットの中には「検索エンジン」というのがあって、そこにホームページを登録します。すると、その検索エンジンでたとえば「地域情報」に登録してあれば、誰かが地域情報というキーワードを入力して検索ボタンを押すと、登録してあるサイトがズラズラと表示されるわけです。
そこで「ヤフ−」、「グー」、「ライコス」とかの大手を始め、県や地域レベルの検索エンジンに登録しまくる、ことになります。その際、検索エンジンによって「商品を扱うとき、それに必要な法律に準拠した掲示がないとだめ」とか「個人のホームページのみ」とかの制限がある場合もあり、注意が必要です。
またサイトによっては、登録すると自動的に「メールマガジン購読」扱いとなり、いろいろなメールが送られてくる場合もあります。やはり、最初の説明ぐらいはよく読んで、メルマガ解約の方法も知っておくことが必要でしょう。
検索エンジンは、「ロボット巡回」といって、定期的に(月に1度くらい?)自動的にホームページを訪れるものがあります。テキストの言葉などを読み取り、その検索エンジンのそれぞれの用語に対応するホームページとして振り分けます。そうするとある用語をキーワードに検索すると、瞬時にそれに関連するホームページ群が表示されるわけです。
★宣伝その3. 掲示板に書き込み
さらに積極的に宣伝したい場合は、いろいろな掲示板に「HP遊びに来て」などと書き込みます。大手の掲示板では、ふつう会員登録しないと書き込みできません。掲示板も実にいろいろあって、それぞれの注意にしたがって書き込むことが必要です。
そのうち、やけにビジネスの案内のメールが来るようになりました。掲示板によっては、書き込む時に入力したこちらのメールアドレスが丸見えで、どこかへ流れているのかも。
立場が変わって、もし自分の掲示板がこんな風に使われたらヤダナー、という書き込みは控えたほうが無難。皆に喜ばれる情報が発信できればよいのですが。
人に何かを伝える方法はどんどん進化しています。人が足を運んで面会するのから、看板に手紙に電話、そしてマスメデアに大金を払って宣伝するという具合です。それがこうして、机の前にすわったまま、安く宣伝ができるというのはインフォメーション・テクノロジーの進歩のおかげというところです。
一方で、告知する価値がある情報か、あるいは知る価値がある情報かを見分ける能力、情報を評価する能力が求められる時代になったとも言えるでしょう。
<まんだ初心者・ベガ>
昨年の暮れに飲み友達と話してたらこんな話になった。だいぶ酔っ払っての乱暴な話です。
「世界中でこの暦の新年をまじめに(?)祝ってるのは日本だけだぜ。欧米ではクリスマスこそがあらたまって迎える行事で、新年というのはおまけのようなもの。せいぜいカウントダウンするくらいさ。」
「中国など華人の世界では、あくまで陰暦のお正月をお祝いする。韓国もそうだし、ベトナムなんかもテトという旧正月を祝うそうだ。
南アジアのミャンマー、タイ、スリランカなどでは4月の半ばに彼らの新年を祝う。暦でも5連休ほどになってる。タイのソンクラン(水掛祭り)も、もともと新年の行事だよ。」
「イスラム教徒にとっては、家族や親戚が集まって祝う、年間の最大の行事はラマダン(断食月)の明けのお祭りさ。」
というわけで現在の新暦(グレゴリオ暦)のお正月を、昔ながらの伝統にのっとってお祝いしてるのは日本だけだ、ということになりました。
こんな極端な結論を納得するわけにはいきませんが、なんなのでしょう。
世界の標準と思って日本が採用した制度が、ちっとも世界の標準ではなかった(メートル法もそれかな)。日本はただそう思って、独自の文化を創り上げている・・・のかもしれませんね。
<セツ>