日本は逆立ちしても大陸国家にはなれない。それなら四季折々の美しい自然と日本64州といわれた変化にとんだ地勢を生かして、観光の国を目指してはどうだろう、という見方がある。これは考えるほど示唆にとんだアイデアではないだろうか。第2次世界大戦後、日本は製造業、いわゆる「物つくり」によって豊かな繁栄を勝ち取った。しかしここにきて製造業の多くは人件費の安い中国にその拠点を移しつつある。世界的に経済の頭打ち傾向の中で、中国だけが毎年7%の経済成長を遂げてるそうである。13億人の安い労働力があれば、アメリカもヨーロッパもそれに太刀打ちできる国はありません。
世界的不況の原因は中国だという人もいるくらいで、100円ショップを覗いてみると、こんなものまで100円なのかと驚く。日本で作ってるはずがない。物つくりは熾烈な競争にさらされている。よって製造業は「日本でしか作れない物」以外は将来性は少ない。
日本はおまけに少子化という国内問題をかかえている。子供が減るということは、いろんな分野を平均すると需要が減ることにほかならない。これでは景気のいい話は増えないだろう。平均年齢は上がる一方で、老人大国への道は遠くない。
さらに教育の失敗で、ちまたには自己中(自分中心の考え方)の若者が目につく。もちろんまじめな若者がいないわけではないが。「お客様は神様」として接することにより、人に対する配慮が生まれる。
というより日本全体が高慢な態度を捨てて、誰もが遠方からの客人をもてなすような温かい心根を取り戻したい。それを「形から入る」のが観光立国日本の目的といっても良い。
観光立国日本では、道路に空き缶やゴミを捨てるのはご法度だ。無神経な騒音や排気ガスも対策が必要になる。人々が気持ちよく生きてゆくためのお互いの正しいマナーは、初めから教えられていないか、あるいは大人の身勝手な生き方を見て、若者が放棄したのかもしれない。そのマナーを、観光の担い手となる自覚によって取り戻すのだ。
何よりまず日本の国の自然の美しさを認識しなければならない。これを子供に教えるのは、これほど楽しいことはないだろう。
日本が観光立国としてやるべきことは、政府にも地方自治体にも無数にあるといっても良い。物価をそこそこに抑えること。それぞれの街や観光地、風物の美観を保つこと。清掃に限界はない。早い話、自然を守り、快適な街や田舎をつくることである。それらへのアクセスの良さを確保することも含まれよう。必要ならば、アクセスを制限することもあるかもしれない。雇用の創出には事欠かないだろう。
しかし無理にテーマパークをつくり、観光客を呼ぶというのは、観光立国日本とは正反対の思想である。そういう小手先の話ではない。
観光立国の主目的は自然それだけではない。人々が足を運んでまでして、見たいと思うのは、いわばそこでしか実現しない文化である。文化はまたその地に住む人々の生き方に他ならない。
その文化を観光に供するというのは、それぞれの文化を認め合い、良いところをそれぞれに受け継いで、全体として向上することにある。ある生き方・文化を押し付けるものではない。それぞれがその生活の場での必要に応じて学び取ればよいのである。真似のできることとできないことがある。それがまた独自の文化を生むのである。
この良い方向への競い合いこそ、意味のある競争である。お金・経済のみを目的とし、それに振り回される不毛の競争はご免だ、というのはそうした場を経験してきた日本だからこそ言えるのではないだろうか。
日本は逆立ちしても大陸の国にはなれない。来年は国際エコツーリズム年である。不要な消費を控え、ゴミを減らし、健全な国への第一歩を踏み出すには最適な時ではないだろうか。
美しい自然に心を癒される国、温かいもてなしの国として、世界中から憧れを持って見られる国として日本を生まれ変わらせることができるのは、日本人の決断しだいである。
<せつ>
2001年9月11日は、歴史的な日として後世に伝えられるでしょう。
アメリカは同時多発テロにより、甚大な被害をこうむった。
その日、ハイジャックされたアメリカ国内線旅客機は4機にのぼった。そのうち2機はニューヨークの世界貿易センタービルに突入し、数千人の尊い生命を巻き添えにして地上から消滅した。1機はワシントンの国防省に突入し、もう1機はペンシルベニア州の田舎に墜落した。ハイジャック機によるアメリカへの無差別テロと知った政府職員はいっせいに避難を開始した。
アメリカ政府は、ただちに最高レベルの戦闘態勢に入った。そしてまずアメリカ国内のすべての飛行場の使用を禁止した。そのためハワイを含むすべての飛行場で航空機の離発着ができなくなった。
こういうことができるのが「近代国家」である。大統領など政府首脳の決定により、あらゆる政府機関、政府職員、軍人がひとつの指揮系統の元にコントロールされ、民衆を統率し巨大な人の手足のごとく動くのである。
こうした一連のアメリカの動きは、近代国家のダイナミズムを我々の前に見せつけた。この目を覚ました世界一の巨人は、多発テロの一撃をくらわせた見えない敵を全力で探している。事件から一週間の現在、報復攻撃はまだ始まっていないが報復が行われることは間違いないだろう。
近代国家の国民は自らの生命・財産を守ってもらうことと引き換えに、このような巨大な権限を政府に与えているのである。
ひるがえって日本という国は「巨人」になれるのだろうか。果たしてアメリカのような敏速な、国民を守る対応ができるだろうか。阪神大震災の例を見てもはなはだ心細い。
「国と国の争いの解決に軍事力を行使しない」という憲法をいただいているのが日本だ。しかし領海を侵犯する国籍不明船、テロリズム、拉致誘拐を行う組織にたいして武力を行使してはいけないとは一言も書いてない、という櫻田淳氏の指摘は鋭い。
ここで軍事力による報復を肯定しようとしているわけではない。最近のニュースを聞いてると、日本の国はどうなっているんだろう、という気になる。
<セツ>