☆日本の独立記念日

 
 9月8日は、サンフランシスコ講和条約調印記念日です。
 1951(昭和26)年のこの日、日本側の主席全権の吉田茂首相ら6名は、サンフランシスコのオペラハウスにて、米国など49ヶ国との間で講和条約に調印しました。(中国は講和会議に招かれず、アメリカと対立していたソ連は署名しませんでした)。

 この条約が発効した翌1952年4月28日(昭和天皇の誕生日の前日)、日本は6年をこえる連合国による占領から解放され、主権を回復しました。
 4月28日は、いわば現代日本の「独立記念日」ともいえるでしょう。そうすると9月8日は、主権回復確定記念日とでもいうのでしょうか。もう少しましなネーミングがありそうですが。
 はたして本当に主権が回復したか、というのはまた別の問題ですが。

 さて、これらの日は、ほとんどの日本人に意識されていないようです。2月11日の「建国記念の日」を日本の歴史的お誕生日とすると、4月28日は新生日本のお誕生日に他なりません。この国家としてのいずれの誕生日も、その由来も満足に国民に周知・教育されていないとしたら、人々はどのようにして国民としての自覚を持つのでしょうか。
 ともあれ日本人にとって、現代日本の出発点として一応覚えておきたい記念日です。
 
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 夕筒の宇宙

        「星座で読み解く日本神話」・勝俣隆著
         あじあブックス〔大修館書店〕より

 古事記が作られたのは奈良時代、712年のことです。当時日本人は天地宇宙をどのように理解していたのでしょうか。勝俣隆氏の「星座で読み解く日本神話」には興味深い考察が示されています。

 ○天上界は地上界の上に大鍋を伏せたように覆っている。その境界をなす、厚みを持ったドーム状の大鍋にあいた「中空の穴=筒」から天上界が見えているのが星で、これを「ツツ」ともいう。天を覆うその大鍋は地の果て、海の果てで地上に接しているため、地の果て・海の果ては天上界へとつながっている。
 ○「夕づつ」は宵の明星・金星である。
 ○住吉神社の三神である底筒男之命(ソコヅツオノミコト)、中筒男之命(ナカヅツオノミコト)、上筒男之命(ウワヅツオノミコト)はオリオン座の三ツ星で、方角を知らせる海の守り神である。
 ○サルタヒコノカミはヒアデス星団である。
 ○アメノウズメノミコトはオリオン座である。

 勝俣氏は本来国文学者で、その豊富な古文・神話の知識をもとに、上古の日本人の宇宙観をさぐり、古事記・日本書紀に現われる神々を星座の中に見出しています。天文学と日本神話を結びつけた、大変ユニークな学際的なこの本は、これから多くの人々の研究を促すことになりそうです。

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日本人の姓・名 

 日本人の名前を外国(人)に紹介するとき、姓と名、どちらを先にするべきでしょうか。

 普通私たち日本人は、パスポートなどにローマ字で名前を書くとき、欧米の習慣に合わせて「名」を先に書き、「姓(ファミリーネーム)」を後にします。こうした「名―姓」表記は明治時代の欧化政策のころから始まったとされます。当時、進んだヨーロッパの様式や服装をまねることによって、日本も先進文明国の一員であることをアピールしたわけです。

 それが現在になってみると、いささか妙なことになっています。
 アメリカの新聞などで、アジアの指導者を列挙する場合に中国、韓国、シンガポールなどの首相はどこも「姓ー名」の本来の名前で記されるのにたいし、日本の首相だけ逆さまになります。これはきわめて有名な日本人でも同様です。ヒデオ・ノモ、セイジ・オザワ、ヨーコ・オノなどなどです。いわば欧米の新聞は、日本人に限って、西洋式の書き方をするのが当然と考えているようです。

 日本国内の英字新聞でもそれはほとんど変わりません。ややこしいのは、明治以前の歴史上の人物に関しては「姓―名」の順で表記される場合があることです。Tokugawa Ieyasu、Oda Nobunaga などです。
 また中学校の英語の教科書では、手塚治虫を従来のように名を先に表記するものもあれば、Tezuka Osamu と書くものも複数あって、外国人が混乱するのも当然です。

 2000年9月8日、文相の諮問機関「国語審議会」は、日本人の名前のローマ字表記を、一転、「姓―名」の順にすることが望ましいと発表しました。

 「相手に合わせる」という日本の流儀が、いつのまにか日本を独特の立場にいたらしめたのでしょうか。このなりゆきは注目です。
                            <セツ>

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☆アメリカ人の太っ腹な理由

 アメリカの惑星探査機やハッブル宇宙望遠鏡(HST)が撮影した画像は、特殊なものを除いてずいぶん気前よく世界中のメディアに発表されています。さすがはアメリカ、太っ腹やなーと感心することしきりです。
 「皆さんの税金で行った仕事の成果は、皆さんに返しますよ」という考え方でしょう。それも自国民だけでなく、世界中のメディアにプレスリリースした写真を自由に使わせるのです。成功をアピールし、アメリカの威信を高めるというしたたかな計算に基づくとはいえ、やはり「スゴイ」といえるでしょう。

 このように子供のように感心していたセツに、もう一つの見方を示してくれたのは糸井重里氏の主催するホームページ「ほぼ日刊イトイ新聞」でした。そのどこかのコラムの対談に次のような趣旨の発言があったように思います。もし読み違えてたらゴメンナサイ。

   アメリカという国は、元来ヨーロッパの階級社会の底辺付近の人々や宗教的自由を求めた人々が移住して作り上げた国です。本国ではむしろ、政治家や行政官からいじめられる立場だった。だからはじめから政治家や、まして行政官などをあてにも信用もしていない、というのです。


 国の事業だからというので、もし惑星探査機やHSTの画像の使用を許認可する役所があったらどうでしょう。実際に苦労して画像を手に入れた人々にではなく、見も知らない行政官に大きな権限が付与されることになります。そういうのを、アメリカ人は嫌うのでしょう。


                      <中村セツ>

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