☆ヘチマの由来
  ヘチマはもともと熱帯の産物であったのが、江戸時代ころ日本に移入されたようです。初め糸瓜(いとうり)と呼ばれていたのが「い」が抜けて「と瓜」になった。「と」はイロハ歌で、へとちの間にあるから「へち間」なのだそうです。
  (2000年8月27日の産経新聞産経抄より)

 ☆漢字のすごさ

   ‐‐ 外国語を作らない漢字 ‐‐

 漢字は中国をはじめとする漢字文化圏で使われますが、ちょっとすごいのでは、という話です.
 ヨーロッパのカレンダーなどを見ていると、曜日を表わす言葉がいくつもの言語で書かれています。英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・イタリア語などなどです。ヨーロッパには17、8の言語があり、その表記(アルファベット)は国により違っています。アルファベットは表音記号であり、発音が違えば表記も違ってきます。
 一方、中国はヨーロッパ全体よりも広い国土を持ち、実際には漢族、モンゴル族やチベット族など多様な人種と少数民族をかかえています。もちろんそこで使われている言葉もそれぞれ異なり、実質的には17、8の言語が使われているそうです。ところがそうした言葉を文字で書き表すと、皆、漢字になってしまうのです。これはスゴイことではないでしょうか。

 漢字はご存知のように表意文字です。これをどのように発音するかは、現在では正式の教育がされているのでしょうが、昔はどうでしょう。中央から遠いそれぞれの民族に、発音は任せておいたといってもいいでしょう。というか発音までを一律にそろえることは、事実上無理なことを承知していたのでしょう。そこで日本でも助詞を適当に入れて、日本語で読み下したりもしました。
 そうしてさまざまな民族によって使われながらも、それを文字に書くとただ1種類の漢字になってしまうのです。もっとも、最近の大陸中国では、ずいぶん漢字の簡略化が進んでいるそうですが。

 また同じ民族でも、200年もたつと言葉が変化してき、まるで別の言語のようになるともいわれます。これもいわば、外国語になるようなものです。ところが漢字はそうした変化を超えて、2000年も前の論語や詩歌が伝えられています。
 中国4000年の歴史を歩んできた漢字は、そうした歴史的変化や民族的多様性を包括し乗り越えて、現在に生きています。
 いわば漢字は、外国語を外国語にさせない言語ともいえるすごさをもっているのです。
             <中村セツ>
                             

 ☆七夕の話

  札幌天文同好会会長の福島久雄氏は、その著「孔子の見た星空」(大修館書店)で次のように話しています。

  七夕は後漢(西暦25〜220年)のころから始まった星祭りで、秋7月7日の夜、銀河をはさんで向かい合っている織女星(ショクジョ・織姫・こと座のベガ)と牽牛星(ケンギュウ・彦星・わし座のアルタイル)が1年に1度、この夜だけ天の川を渡って会うというのである。地上ではこの2星を祭って供物をそなえ、願い事をするという慣わしになっている。

 この風習は、わが国には平安朝(9〜13世紀)ころ渡来し、初めは貴族のものであったのが、徐々に一般の人々にも広がって今日に及んでいる。
 朝廷の儀式としての7月7日の織女祭は「乞功奠(キッコウデン)」という。内容もしだいに日本化し、里芋の葉の露で墨をすり、梶の葉に歌を書いて書道の上達を祈ることになる。

 また詩に詠われる七夕の星空も、すべて同じ星空ではないと注意しています。

 古来中国や日本で使われた旧暦の、7月7日の月の形は上弦の半月のころと決まっている。この日付を現在の太陽暦に直すと、8月の初めから9月の初めまでおよそ1ヶ月の幅を持っている。ひと月前の星空は、同じ場所では2時間前でなければ見ることができない。たとえば太陽暦で8月上旬に、22時頃西空に「西流」していた大火(アンタレス)も、1ヶ月後の同時刻にはすでに没し去っていて、西空は秋の気配がただよっている。

古人は想像の翼を広げて、半月を舟に見たて、
   あめのうみに雲の波立つ月の船星の林にこぎかくるみゆ
              (万葉集巻七 柿本人麻呂)
と詠っている。

 柿本人麻呂の詩は、七夕と限定されたものではないようですが、数少ない天象を詠んだ日本の古歌の中の傑作のひとつといえるでしょう。

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 ☆島サミットと日本


 産経新聞の正論欄で、平成12年3月25日、評論家で慶応大学教授の櫻田淳氏は「太平洋・島サミット」を成功させよ、と述べています。
 主な論旨は次の通りです。
 

 「日本は島国」である。この「海洋国家」であるということは、我が国の国際社会での立場を考える際のすべての前提である。

 自由貿易に基づく経済発展、地球環境の保全、エネルギーの確保といった条件は、他の国々との関係を離れては成り立たない。このことは、他の太平洋島嶼諸国にとっても同様である。とすると、このような共通の事情を抱えた国々と、共通の問題に取り組みつつ、提携を深めていくことは、我が国にとって理にかなったものである。

 我が国が、中国や北朝鮮などの大陸国家と向き合う際には、心理的緊張が避けられない。その点、かつて「南洋」と呼ばれた歴史的経緯からしても、これら島嶼諸国との提携を深めることは、そのような緊張を緩和する仕掛けとしても作用しよう。

 我々は、自らが「海洋国家」の国民でしかありえないことを心得るべきではないか。その意味で、我が国が台湾を含む太平洋島嶼諸国と良好な関係を築く意味は、今後増大しても決して減じることはない。21世紀には、かつて「南洋」と呼ばれた国々へ向かうラインが、日本の「生命線」になると確信する。

 我々に求められているのは、「仲間に入れてもらう」という明治以来の発想の延長ではなく、戦略的に「仲間を作る」という発想で、国際的な枠組みの構築に乗り出すことではないだろうか。
 「太平洋・島サミット」は、その提携を加速させる重大にして格好の機会である。

 櫻田氏はさらに、4月21日の「正論」欄で、次のように補足しています。

 島嶼諸国の共通の問題としては、まず自由貿易体制の堅持であり、現下の課題としては、海賊などへの対処、海上自由航行路の保全、産業振興、人材の育成、海洋研究の推進、海洋資源の保護や管理、地球温暖化に伴う海面上昇への対処、海洋汚染の防止などがある。

 およそ国家は「価値の体系」としての側面を持つ。我が国が太平洋島嶼諸国と提携を進める根拠は、これらの国々が海洋国家としての「国柄」を共有する点にある。ということは国家として大事にすべき「価値」という点においても、我が国と同じものを共有していると考えられる。

 その共有している価値とは「進取性」と「開放性」ではないだろうか。先の共通の課題に対する取り組みは、その価値を実質的なものとして考えうるかどうかを問い掛けている。

 島国根性などとその閉鎖性を揶揄した言葉があります。ということは、やはり開放的な気質をプラスに評価している現われでしょう。櫻田氏の説は、実に論旨明晰で説得力があります。日本の未来を指向した論客として紹介するしだいです。
              <中村セツ>
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☆英語の原則


 「10時間で英語が読める」(PHP文庫)という本で、著者の尾崎哲夫氏は次のように述べています。
 
 日本語では、(たいていの場合)主語が文頭に位置し、何かを「した」という述語動詞は文の最後にきます。そのため、日本文は最後まで聞かないと、何を言っているのか、まったくわかりません。
 これに対し、英文では主語の次に原則として述語動詞がきます。
 主語−述語が文頭に出てくるので、早い時期に話し手が何を言いたいか、およその見当がつきます。
 この語順の違いは、日本語と英語の一番の違いです。
 英文においては、まず主語、直後に動詞、そして目的語や補語になりうる名詞を、次に並べていきます。「重要度の高いものを早く出したいという原則」が常に貫かれているわけです。

 尾崎氏は「ビジネスマンの基礎英語」、「中学生の英語」など多くの英語教育に関する本を出しています。そのような豊富な研究の中から、上記の「原則」にゆきついたのでしょう。
 つまり英語を話す人々は、まず核心部分を伝え、そのあとで時間や場所を補足したり、あるいは条件をつけて限定したりする「原則」(=話し方のスタイル=考え方=行動様式)を持っているということです。
 この原則を理解して英語を学ぶと、上達が早いかもしれません。
                   <セツ>

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☆シリアはアッシリアから


 中近東のシリア(シリア・アラブ共和国)という国名は、古代アッシリア帝国からきているそうです。
 アッシリア王国は、西アジア、チグリス川上流のアシュールを中心として栄えた古代オリエント最初の世界帝国です。

 アッシリアの支配は、紀元前18世紀ころから前7世紀におよぶ1000年もの長期にわたります。その結果、地中海東岸一帯の地域はまとめてシリアと呼ばれることになったようです。現在のシリア・レバノン・ヨルダン・イスラエルを含みます。キリスト教成立の舞台となった場所です。

 国名から読み取れる歴史のつながりの例として、かつてローマから派遣された軍団が建国したルーマニア(ローマ人の土地)、インドのムガール帝国(モンゴルから)などがあります。また国名ではありませんが英語の「ジプシー」というのは、エジプト人を意味する「エジプシャン」からきているそうです。

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